第137話、倍すれば分かち
なんだよ、このデブコメディアンが。最初の帝国との戦いでは、調子に乗って深入りしたあげく完全包囲されて降参したくせに。
「それで、エノモト君には何か良い作戦案があるのかね」
上から目線でグラン将軍。
「はあ、そうですね……うーん」
榎本さんは腕組みをして頭を傾けた。
「うーん……。兵法に、敵に倍するときは分かつ、とあります。まず、全軍を敵の全面に展開して、少数の陽動部隊を敵の側方に待機させます。そして、陽動部隊に、大軍がいるという偽装工作をさせて敵の半分を引きつけるのです」
「つまり、こちらが分裂して敵を挟撃するという振りを見せて敵を引き寄せるわけですか?」
ジョンソン連隊長が補足を要求。
榎本さんがうなずく。
「共和国軍の旗を乱立させ、炊飯の煙をたくさん発生させて敵をだますのです。そうすれば敵も部隊を分けて対応するしかない。こちらと比して半分をさらに分割させて、四分の一になった敵を各個撃破するのですよ」
戦術を説明する榎本さんの声には張りがある。
「大軍に兵法なし!」
怒鳴るように言ったのはグラン将軍。
「敵の二倍の兵力で攻めるというのに、チマチマとした小細工などをする必要はない。堂々と総力戦をすれば良い話だ」
将軍の鼻息は荒い。大丈夫かな、この猪突猛進デブ野郎は。
「しかし、戦争というものは確実性が重要だ。榎本さんの作戦の方が勝ちやすいと思いますが」
話に割って入ったのは重松さん。
「コセコセと小細工を弄するのは私の趣味ではない。無関係の人間はニホンとやらに帰っても構わないぞ」
突き放すようにグラン将軍が言った。
「そうですか」
温厚な榎本さんも怒っているよう。
「まあまあ、エノモトさん。こちらに滞在して我らの戦闘をしばらく観戦したらどうですか」
にこやかに笑う議長。榎本さんのことを軍師と呼ぶ気はないようだ。
なんだよ、こいつは。赤壁の戦いのときは、死にそうな顔で俺達に泣きついてきたくせに。
「できれば、ニホンの先進的な武器を提供していただけませんか。赤壁の戦いで帝国軍を丸焼きにした例のやつですよ」
議長が言っているのはナパーム弾のことかな。武器はもらうが戦闘協力は必要がないということか。まったく、都合のいい野郎だなあ。いや、俺としてはその方が安心だな。
「いいえ、お断りします」
キッパリと断る重松さん。
「あのような武器は扱いが面倒です。威力が強いだけに、取り扱いを間違えると味方に犠牲が出る。それに精密機械なので小まめなメンテナンスも必要だ」
重松さんは機関銃などの武器を自分達だけのアドバンテージにしたいと思っているのだろう。
「対価を用意します。あのクズ銀もたくさん集めてありますが」
議長の言葉を聞いて、俺の心がざわついた。後ろの野田も目を光らせているに違いない。
クズ銀というのはプラチナのことだ。異世界ではゴミ扱いだが、日本に転送すればレアメタルを多量に含有した貴金属としてゴールドよりも高く売れる。
「いーえ、お断りします!」
断言する関羽もどき。
そうか、断っちゃうのか重松さんよお。
後ろを向くと野田が悲しそうな顔で口を曲げている。きっと俺も同じ表情をしているのだろう。