第135話、状況悪化
転送した場所は学校のグラウンドのように広い庭。
昼下がりの日差しに、雑草が軽くなびいている。使用人が少ないためか、それとも見た目は気にしないのか、常に庭は手入れされていない。
目の前に建っているのは三階建てのミッキー老人宅。異世界では三階建てが限界のようだ。アマンダ共和国で産出される鉄骨をふんだんに使っても強度的に言って、高層ビルなどは不可能だよな。
この世界では珍しい三階建ての自宅を所有しているということは、ミッキー老人は共和国で大きな権力を持っているのだ。
重松さんがクラクションを三回鳴らしてから俺達は車を降りて玄関に向かう。
ドアが開いて、出てきたのは和服姿のルーシーさんだった。二十歳という若さなのに、しがらみが色々とあって、しなびたジイサンの世話をしている。
「お久しぶりです。良くいらっしゃいました」
そう言って頭を下げると黒髪がたれて胸の谷間がよく見える。いつもながらボリューム感が半端ない。
「ミッキー老人はご在宅ですか」
野太い声で重松さんが聞く。
「はい、いらっしゃいます。いつもの部屋にいますので、ご案内しますね」
彼女は建物の奥に行くので、俺達も付いていった。
二階の客間。中に入ると、ネズミが潰れたような顔のミッキー老人がイスに座っていた。
「よお、久しぶりじゃのお。当然、ガソリンは持ってきたんじゃろうなあ」
口の端を曲げて歪な笑い顔の老人。相変わらず可愛げのないジイサンだぜ。こいつは野田からぶんどったオフロード車を使いまくっている。
「はい、持ってきましたよ。後で倉庫に運んでおきます」
いつも平静な重松さんが平静に答えた。
「うむ、ご苦労じゃな」
「それで、大陸の今の状況はどうなっているんでしょうか」
後ろの榎本さんが進み出る。戦争の状況に関心があるんだなあ。
「ああ、現在はアマンダ共和国が大変なことになっている」
「えっ、どういうことです?」
榎本さんの表情が変わった。何かを期待しているのか。
「共和国は隣のカマリア王国から宣戦布告を受けていてなあ……」
「宣戦布告! それはまた、どうして」
一歩ほど詰め寄る榎本さん。
ジイサンは、まあ待てと言うようにカップのコーヒーを飲む。それは、以前に日本から持っていったインスタントコーヒーだ。ジイサンは気に入ったのか。
「カマリア王国は小国だ。職業軍人は五千人程度で予備役や退役軍人、それに徴兵でかき集めても一万ちょっとを動員するのがせいぜいじゃろうなあ」
そう言ってクイクイッとコーヒーを飲む。
「カマリアは銀や農作物を共和国に輸出していて、友好関係にあったはずですが」
榎本さんは国同士の状況を把握している。
「たぶん……キャンベル帝国が命じたのじゃろうな。それしか理由はない」
榎本さんと重松さんが顔を見合わせている。まるで無言の会話をしているよう。
「やれやれ……」
俺は深くため息をついた。
たしか、カマリア王国は帝国に従属している。それに、姫を人質に送っているので逆らうことができないのか。
「まったく、しつこいよな帝国は」
後ろから野田の声だった。また戦争にかり出されるのだろうか。この世に戦争がなくなる日は来ないのかよ。




