第132話、馬
コパルはバトンを俺に向ける。
「コスチューム・チェンジ!」
萌え系声優のような可愛い声が部屋に響くと、俺は首に違和感を感じた。
触ってみると首輪だった。おまけに鎖もついている。
「さあ、馬! 歩きなさい」
土下座状態の四つんばいになっている俺の背中に温かい物が乗った。コパルがまたがっていたのだ。
「ハイドー、ハイドードー」
そう言って鎖をグイグイと引っ張っている幼女。ガマンだ、がまん……。新しい能力をもらうためには仕方がない。
「ヒヒーン」
俺は馬になりきって歩き出す。ああ、34歳の中年にもなって、お馬さんごっこかよ……。
「ハイドー、ハイドー、それそれぇ」
上のコパルは楽しそうに足をブンブンと振っている。俺の背中にグリグリと押しつけられている幼女のお尻に、俺は少し興奮しているのか? ロリコンじゃない、俺は上司のようなロリコンじゃないんだあ!
周りを見ると、香奈恵はゴミを見るような視線を突き刺し、アズベルは犬を見るような目で見物しながらポテトチップスを口に入れていた。重松さんと藤堂さんはニヤついている。ただ、榎本さんだけは真剣な表情で鑑賞していた。
「一匹じゃ馬力が足りないだわよ」
コパルが不満そうに言う。
「コスチューム・チェンジ!」
また、萌え系ボイスが響くと、今度は野田に首輪が現れた。
「えっ、何、これ?」
野田が、首の輪っかをいじると鎖がチャリンと揺れる。
「さあ、あんたも来るのよ」
コパルは鎖をグイグイと引っ張って俺の横に連れてきた。
「二頭立てよ。さあ馬共、歩くのよ」
背中に足の平の感触。コパルは右足を俺の背中に、左足を野田に乗せて二本のチェーンを手綱のように握り、クイッと引っ張った。
俺と野田は目を合わせる。
やるしかないか……。アイコンタクトで二人の意志を決めた。
「ヒヒーン!」
いなないて歩き出す。
「ハイヨー! シルバー」
首輪が後ろに引っ張られて喉が詰まる。この幼女悪魔め、調子に乗りやがって。
「ヒヒ、ヒーン」
俺達は居間から廊下に出た。玄関に向かって行進だ。
突然、玄関のチャイムが鳴った。
「ごめん下さい、佐藤さんはこちらですか」
この声は確かマイホームの設計士だ。
「あ、あの、すいません、ちょっと……」
やばいぜ。こんな所を見られたら何だと思われるか。
「失礼します」
ドアが開いて二人の男が入ってきた。俺と野田が馬になり、その上に小学校低学年の少女が乗っているのを見て、場の空気が凍る。
引きつっている俺の顔。口を開けたまま固まっている若い建築設計士と初老の現場監督。そういえば、新築した俺の家の状態を確認に来るとか言ってたっけ。
「あ、いや、これは、その……」
何と言い訳するべきか。彼らは、中年オヤジ達が幼女と一緒にお馬さんプレイをしていると思っているのだろうな。
「あのう……、家の状態を見に来たんですけど、私共は現場に行きますね……」
見てはいけないものを見たという表情で現場監督達は外に出てドアを閉めた。
崩れ落ちる俺と野田。
「キャン!」
コパルは後ろにひっくり返った。たぶん、足を広げたまま倒れているのだろうが、確認する気にはなれない。俺達の精神的ヒットポイントはゼロになっているのだ。