第129話、榎本さん登場
俺達は探偵事務所のミニバンで撤収する。
五人が乗っているトヨタ・アルファードは、かなり古くて汚れているのだがエンジンはしっかりしているし車内は広いので不快感はない。
お金をたくさん持っているのだから新車を買えば良いのに。
「あのう……藤堂さん」
俺は助手席から、ハンドルを握っている元自衛隊員に話しかけた。
「何?」
前方を見ながら返事をする角刈りのマッチョマン。
「さっきのあれって恐喝になるのでは……?」
「そうなるかな」
平然と答えている。
「大丈夫なんでしょうか?」
探偵事務所の所長さんの考えが良く分からない。
「別に大したことではないよ」
「そうですか……」
「浮気が発覚しようがしまいが、それが原因で夫婦が離婚しようが俺達には関係ない。それに、それによって日本の国体に影響が出るわけではないだろ。佐藤さんは何が問題なんだ?」
そう言って不思議そうな顔で俺を見た。
「いえ、別に……」
ああ、この人の気分は自衛隊なんだ。いくら浮気オヤジが不倫しても、それは体制に影響がない些末なこと。心の中では仮想敵国と日本が戦争しているシミュレーションを描くのだろう。
俺は横を向いて、後ろに流れていく町並みに目を移した。
「お腹が空いたですぅ……」
後ろの席ではアズベルのつぶやき。まだまだ日本は平和だ。
不意に俺のスマホが鳴った。
胸ポケットから取り出して画面を見ると、相手は榎本さん。
「もしもし」
「あ、どーも、榎本です。こんにちは」
小さくて控えめな声。異世界で大軍を叱咤激励していた人間とは思えない。
「久しぶりです。どうしたんですか」
「ええ、ちょっと話がありまして……」
「何ですか」
なんの用なのか? 何か嫌な予感がする……というか、心がざわつく。
「ええ、ちょっと……できれば直接に会って話したいと……」
「ああ、そうですか……」
榎本さんの話は要領を得ない感じだったので、これから向かうことにした。
彼の自宅は横浜の外れにある一軒家だ。確か、一人で住んでいたはず。
三十分ほど走って、車は生け垣に囲まれた古い家に着いた。
ミニバンから降りて家をチェックする。
広めの庭には雑草が伸び放題。数本の大きな木が緑に茂っているが、手入れしている様子はない。
木造の家は、かなり古くて築五十年以上は経過していると思われた。南側の壁にはツタが這っていて窓にも侵略している。平屋だが、結構大きな家だ。部屋数は多いだろうな。
シャッター付のガレージだけは新しく、新車の黒いトヨタ・ランドクルーザーが入っていた。重松さんもそうだが戦争系の人間はオフロード車が好きなのか。
「ごめん下さい」
玄関に鍵がかかっていなかったので、ガラガラと開けて中に入った。
「ああ、どうも、わざわざ済みません……」
奥から出てきたのは、貧相だと評価して良いほどのラフな格好の榎本さんだった。
理容店に行けよ、と突っ込みたくなるほどの伸びた長髪。くたびれたトレーナーを着ていて、それには所々シミがある。こまめに洗濯をしていないのだろう。
ほっそりとした体に黒縁の眼鏡、根暗そうな表情はネットで「欲求不満の女子高生モンモン」と名乗っていても不思議には思わない。
「どうぞ、上がって下さい」
「失礼します」
俺達五人は中に入った。廊下には埃が薄く積もっている。この大軍師は掃除をしないのかよ。大金持ちになったんだからルンバでも買えよな。それとも美人のメイドさんでも雇って掃除をしてもらえばいいのに。