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異世界転生、王様になろう  作者: 佐藤コウキ
第3部、カマリア王国
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第128話、尾行


 俺と野田、それに香奈恵とアズベルはミニバンの中でボケーッとしていた。

 藤堂探偵事務所の社有車。その古いミニバンのハンドルを握っているのは高校時代からの腐れ縁の友人。

「ピッ、こちら藤堂。次の角を左折して百メートル地点に移動しろ、送れ」

 備え付けの無線機から藤堂さんの声。

「こちら機動小隊。了解しました。通信を終了」

 野田は、マイクを取って返事をすると車を発進させた。

 藤堂さんは自衛隊をスピンオフした人間なので、無線による会話も自衛隊方式。

「お腹が空いたですぅ」

 後部座席でアズベルが情けない声を出した。

「お昼に食べたばかりでしょ」

 そう言って隣の香奈恵がため息をつく。


 夕方が近づくラブホテル街。俺達は三日も、見ず知らずのオヤジを尾行していた。

 藤堂さんがターゲットの中年オヤジを尾行し、それを俺達が車に乗って追跡する。尾行担当が藤堂探偵事務所の所長である藤堂さんで、ミニバンはベースキャンプといったところ。

 尾行というものは難しくて、素人がやると相手に気づかれてしまう。だから藤堂さんが専任で尾行している。彼の尾行技術は優秀で、まったく相手にバレる恐れがなかった。後ろに付いていくだけでなく、前方に出て後ろのターゲットの挙動を盗み見ながら進行方向を予測して歩いて行く。まさに芸術的だった。

 自衛隊では情報担当を勤めていたということだが、さすが藤堂さんだ。


 浮気調査というものは、地味で忍耐を要する。

 俺達はアルバイトで探偵事務所の仕事を手伝っているのだが、派手なドンパチなどはなく、やることといえば待つことが多い。ただでさえ運動不足で太っているのに、さらに肥満が進みそうだ。


 指定場所に車を停車させると、藤堂さんが乗り込んできた。

「うーん、今日も敵に動きはないな」

 そう言って大きく息を吐いた。

 スポーツ刈りのガッシリとした体格。俺よりも十五センチ高い。

 敵というのはターゲットの中年オヤジのことだよな。

「まだ続けるんですか」

 グッタリとハンドルに寄りかかっている野田。狭い車内でジッとしているのは疲れるよな。

「うーん、そうだな……。そろそろ決めてみるか」

 そう言って藤堂さんは香奈恵の方を見た。


 藤堂さんの命令で、車をターゲットの中年オヤジのずっと前に停めた。

 香奈恵は車を降りて、ラブホテルの前でオヤジを待つ。俺達は双眼鏡とデジカメで遠くから監視だ。

 しばらくして、頭が薄くなった50歳くらいの小太りオヤジが歩いてきた。網にかかった虫を逃がさないような感じで香奈恵が立ちはだかる。

「あのう、すいません。ここら辺で休憩するような場所を知りません?」

 香奈恵は胸の下で腕組みをして自慢のバストをクイッと持ち上げた。

 白いブラウスを盛り上げている胸がフルンと揺れ、オヤジの視線をガッツリと握りしめてグイグイと吸引する。性格はともかく、香奈恵は美人さんなので男を引きつけることは容易。

「どうしたのかな」

 集金袋を小脇に抱えながら視線は胸に固定しているオヤジが聞く。

「ちょっと頭痛がするんで、どっかで休みたいのよね」

 香奈恵はチラチラとラブホテルの門に視線を送る。下着が透けている半袖のブラウスにミニのタイトスカート。お尻を軽く振りながら甘ったるい声で誘惑する。

「そうですか……、それは大変だ」

 オヤジは軽く顔を火照らせ、横目でホテルの入り口を見る。

「じゃあ、お姉さん。ここで休みましょうか。私も付いていってあげますよ」

「まあ、うれしいわ。じゃあ、お願いしようかしら」

 笑顔を作っているが、その目はライオンのようで、このウサギを仕留めたぜというように光っている。この出戻り女は男心を操作するプロフェッショナルだな。


 二人がラブホテルの門に入ったところで、俺達が車から飛び出す。

 野田はビデオカメラ、俺はデジカメを構えてカップルを激写した。

「何だ、お前らは!」

 振り返って怒鳴るオヤジ。

「浮気現場の証拠を撮っていまーす」

 ビデオで撮影しながら野田がふざけたような声で答えた。

「よこせ、こら!」

 俺のデジカメを奪おうと迫ってくるオヤジ。丸い大きな顔が真っ赤になっている。後ろから藤堂さんが進み出て彼の腕をねじり上げた。

「イテテテテ。何だ、お前達は!」

「浮気の調査依頼ですよ。私達は探偵事務所の者です」

 軽くオヤジをいなしながら淡々と説明する所長。

「美人局かと思ったら、興信所のやつらか。チクショウ……」

 事情を知っておとなしくなった。

「このことは穏便に済ませてもいいんですけどね……」

 固めていたオヤジの腕を放して、意味ありげにニヤリとする藤堂さん。

「どういうことだ……」

「50万円で手を打ちましょう」

 あれっ? どういう意味かな藤堂さん。証拠写真を依頼主の奥さんに渡して謝礼金を受け取るはずでは……。

「なんだよ、やっぱり美人局かよ。いいよ、言いたければ好きにしろよ。俺は構わねえぜ」

 開き直る浮気オヤジ。

「本当にいいんですか? 会社にバレたらただでは済みませんよ」

 首を少し傾けて藤堂さんが脅す。

 おいおい、藤堂探偵事務所の所長さんよお。これじゃカツアゲだよ。

「ああ、こんな会社いつでも辞めてやるぜ。せいせいするわ」

 このオヤジは仕事に未練が無いのか。俺が会社を飛び出した時のことを思い出す。

「奥さんにも報告しますけど、良いですね?」

 その言葉に、今まで赤くなっていたオヤジが青くなった。

「あ、あの、あの……。ちょっと待ってくれないかなあ」

 顔を引きつらせて冷や汗をかいている。

「どうしたんですか。私は調査結果を依頼主の奥さんに報告しなければならないのですが」

「あ、あのう、あの……」

 動揺して舌が上手く回らないよう。

「では、さようなら」

 藤堂さんが踵を返すと、オヤジが腰にすがりついた。

「頼む! 後生だから妻には言わないでくれ」

 土下座して頼むオヤジ。そんなに奥さんが怖いのか。

「俺は入り婿で立場が弱いんだ。こんなことが知られたら何をされるか分からない」

 必死の形相で訴えている。

「それは、夫婦で話し合ってもらわないと……」

 冷たく突き放す所長。

「あんたは俺が殺されてもいいのか! 妻はなあ、怒ると手がつけられないんだぞ!」

 ああ、結婚って大変なんだなあ。


 結局、50万円で話がついた。

 今は持っていないというので、クレジットカードのキャッシング枠で払ってもらう。

 近くのATMで現金を引き出させて、藤堂さんが受け取った。

「では、撤退だ」

 藤堂さんの指示で俺と野田はミニバンに向かう。

「あれ、アズベルは?」

 野田が言うので、周りを見ると彼女は別のオヤジと話していた。


「本当に美味しい物を食べさせてくれるんですかあ?」

 アズベルは大きな胸の前で両手を組み、おねだりするように首をかしげている。

「ああ、本当さ。何でもご馳走してあげるよ」

 ニヤけているのは見覚えのある小太り中年男。

「わあーっ、うれしいですぅ」

 満面の笑みのアズベル。

「おい、何をやっているんだよ!」

 野田が近づいてアズベルの腕を引く。

「だってぇ……この人が、付き合ってくれたら食べ放題だって言うから……」

 不満そうに頬を膨らませている。

「あっ、お前は野田かよ!」

 相手が大声を出す。野田はナンパオヤジの顔を良く確認。

「……そういうお前は上司かよ!」

 その中年は以前、俺達が勤めていた職場の上司だった。

 しばらく無言で視線を突き刺し合う。

「何だよ、野田。まだ無職でフラフラしているのか」

 相変わらず嫌みったらしい言い方。

「ジョーシこそ、いつからロリコンになったんだよ。女子高生をナンパとか、条例違反で逮捕されるぞ」

 その台詞はブーメランだぜ、野田君よお。まあ、アズベルは女子高生ではないが。

「働いていないとパーになる。俺がトイレ掃除のバイトを世話してやってもいいんだぞ」

 野田はカチンときたようだ。顔をしかめながら大きなウェストポーチから札束を取り出す。

「お前のようにマネーには不自由していないから平気だよ」

 そう言って上司の顔を百万円の札束でひっぱたく。

 彼の顔は引きつり、目が血走った。

「のだあ! この野郎!」

 野田につかみかかった。

「まあ待てや、上司」

 俺は後ろからはがいじめにして止める。

「放せ、佐藤!」

 俺は左腕を上司の前に差し出した。

「おい、上司。知っているか? この腕時計はロレックスって言うんだ。お前みたいな平民でも名前くらいは聞いたことがあるだろ」

 首をねじ曲げて、ゆがんだ顔を俺に向ける上司。

「この時計はあんたの給料の一年分くらいはする。あんたも高級時計を買えるくらいに稼げよな」

 俺の表情は、かなり憎たらしかったのだろう。彼は腕を振りほどいて無言でドカドカと歩いて去って行った。

「バーカ」

 やつの背中に野田が嘲笑の台詞を投げ、グッジョブのサインを俺に向けた。

 ああ良い気分。

 ……でも、何か虚しい。


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