第122話、伏兵
俺達は敗走する帝国軍を追う。
細い道の両側は絶壁だったり深い茂みだったり、または深い亀裂だ。共和国軍の一万人は細長い隊列となって進軍していく。
しばらく進むと、前に放置した白いトラックの残骸があった。
祐子さんが仕掛けたトラップに引っかかったのだろう。車はバラバラになって散らばっていた。
そこから一キロほど進んだ場所で、停止の命令を発する榎本さん。
「部隊を分けましょう」
彼はジョンソン連隊長に命じて、四千の兵で追撃させた。残りの六千は二手に分かれて道の両側に隠れる。伏兵というやつか。
こちらの伏兵は榎本さんが指揮を執る。岩陰では重松さんをはじめ藤堂さんや祐子さんが息を潜めて敵を待っていた。
「どうして待ち伏せするんですか」
茂みの中、金色マントをパタパタと仰いで、少しでも涼もうとしている榎本さんに尋ねた。連隊長が率いる追撃隊の姿は見えなくなっている。
「帝国軍は二万人もの損害を出しています。このまま帝国に、おめおめと帰ったら皇帝に処断されてしまうでしょう。せめて一矢報いてやろうと敵の将軍は考えるはずです」
長髪の榎本さんはタオルで顔の汗を拭きながら説明してくれた。
今は無職のスカンピンじゃないんだから、その髪は切った方がいいんじゃないのだろうか。
「つまり、敵はジョンソン連隊長の部隊に反撃してくると?」
「ええ……たぶん、敵は兵を隠して奇襲してくると思います」
えっ、すると、ジョンソン連隊長は貧乏くじを引いたのか。
「追撃隊は大丈夫なんですか?」
「連隊長には説明してあります。彼は優秀な指揮官ですから、敵の攻撃を受け流しながら撤退することが可能でしょう」
ジョンソン連隊長と榎本軍師の仲はギクシャクしているはずだが、軍師は自分の感情に左右されずに彼の能力を正確に把握し、正当に評価しているらしい。
「つまり、敵の伏兵をこちらの伏兵で迎撃すると……?」
俺が聞くと彼はニコリと笑ってうなずいた。
そんな、ややこしいことを考えられる人なんだなあ、榎本さんは。
軍師が腰に取り付けていた小型無線機の呼び出し音が鳴った。
彼は無線機のスイッチを押す。
「こちら榎本軍師、送れ」
「ピッ、こちらジョンソン連隊長。敵の待ち伏せに遭いました。作戦通り撤退します。送れ」
連隊長の緊張感あふれる声だった。周りの喧噪も聞こえてくる。
「了解、健闘を祈る、送れ」
榎本軍師の読み通りだったか……。彼の洞察力は袋の中の石を握るほどに的確だ。
「ピッ、こちら了解、通信を終了します」
無線機を腰に戻すと、榎本軍師は大きく深呼吸してメガホンを持つ。
「もうすぐ敵がやってくる。味方を追撃しているので、攻撃するときは区別せよ!」
谷間の細い道に命令が飛んだ。すっかり日が傾いた岩場に緊張の糸が走る。