第121話、悪鬼
やぐらのハシゴを降りて、俺と野田は辺りを見回した。
死体がゴミのように散らばっている。
現在の日本では見ることが出来ない光景。一昔前の戦争の時でもなければ、このように大量の死体を間近に見ることは不可能だろう。
散乱している死体を避けるようにして、榎本軍師の方に歩いて行く。
「ぎゃっ!」
野田の叫び声。
見ると、彼の足首を敵兵がつかんでいた。まだ息のある者がいたのか。
「……お前達は悪魔か……。ニホンとかいう魔界から来た悪鬼どもめ……」
うつ伏せに倒れて革の鎧を血で赤黒く染めた敵の兵。握った足首に、すがりつくように上げた顔は、けっこう若い。その表情を苦痛にゆがめながら俺達に呪詛の言葉を吐き続ける。
野田は青ざめていた。俺も同じだろう。
「侵略してきた、お前達が悪いんだろうが!」
そう言って野田は足をバタつかせて手を振り払った。
「うるせえんだよ!」
少し離れてからショットガンを撃ち込む。若い敵兵は絶命した。
野田が引き金を引いたのは、敵の言葉に怒ったからか、それとも楽にしてやったのだろうか……。
「全員、追撃の準備!」
榎本軍師の号令が響き、共和国軍は爆弾によって出来た斜面を降り始めた。
まだ戦うのかよ……。
「ここで決着を付けてしまいます。敵の兵は一万くらいに減ったはず。こちらの部隊と同じ数だし、敵の士気は急激に落下しています。ここが帝国を撤退に追い込む最高のチャンスなのですよ」
そう説明する榎本軍師の表情は普段と変わらない。
この人の頭の中はどうなっているのだろう。戦いのたびにピーピーと喚いているセンチメンタルな俺達と違って、榎本さんは冷徹に計算しているよな。
榎本軍師は用意された指揮車に乗る。それは馬車の前後に、動かすための取っ手を付けたような物で、それを四人がかりで移動させていた。
斜面の死体を片付ける時間はない。くすぶっている焼死体の上を指揮車の車輪が踏んでいく。
ジョンソン連隊長は先頭に立って、鎮火の作業をしていた。日本から持ってきた消化器を使って、まだ燃えている岩場に一本の道を作る。
「追撃開始!」
榎本軍師がハンドメガホンで命令を飛ばした。
その一言で、一斉に狭い道を一万の大軍が通過する。
馬がいないので、俺達も徒歩で重松さんの後についていく。辺りには焼け焦げた匂いが漂い、足下には焼けただれた敵の死体。
ああ、もう俺は一生、焼き肉を食べることが出来ないだろうな。