第120話、地獄ふたたび
大型の高機動車両は転がりながら、登ってこようと集中していた敵兵を押しつぶしていった。悲鳴の後に、岩の階段は鮮血で赤く染まる。
ウニモグは崖の下まで転がり落ちて、積んでいた樽は木っ端みじんになった。その周辺にガソリンをまき散らす。
野田は転倒した車にショットガンを放った。
岩場に飛び散った散弾は、夏の暑さで急速に気化したガソリンに着火して爆発した。
ウニモグの付近は阿鼻叫喚の地獄と化す。前の戦いで帝国に大打撃を与えた火炎地獄の再来だ。
後方の動揺は、すぐに最前線の橋頭堡にも波及していく。
車によって分断され、後方の火災に驚愕した最前線の兵達は、慌てふためいて戦意を失った。叫び声を上げて逃げ出す兵が続出し、さっきまで勇敢に戦っていた集団は怯えてジリジリと後退していく。
重松さん達は攻撃を他の兵に任せ、一時的に後方に下がった。そして、用意しておいたハンド・ランチャーを取り出して構える。
発射音と共に飛び出した榴弾は、崖の下に群がっていた帝国軍の中央に着弾した。途端に炎が広がって敵兵を悪魔の舌でなめ回す。例のナパームと同じ材料を使った焼夷弾だった。人間が火だるまになって走り回り、岩場を転げ回る。
しかし、消火することが困難な炎は、生きた人間に絶叫をあげさせながら執拗に焼き続けていく。結局、革の鎧や衣服を脱ぎ捨てて裸になるしかない。前には一万人以上を殺害した地獄絵図の再掲だ。
それでも重松さんと藤堂さん、それに祐子さんは容赦なく焼夷弾を撃ち続けた。
俺と野田は、戦意を失いかけている敵の集団にショットガンを向けて引き金を引き続ける。こんな時には心を殺して何も考えずに、ゲームでもやっているかのように攻撃を続行するしかないだろ。
帝国軍だって、逆の立場だったら同じことをするさ。
崖の上に橋頭堡を作っていた先発隊は壊滅。
彼らは槍で突かれ、逃げ出して崖から転落し、または炎に巻かれて死んだ。
「弓矢の攻撃に切り替えろ!」
榎本さんの命令が聞こえた。こんな時でも冷静な声音だな。
崖の上の味方は、全員が槍から弓矢に切り替えて攻撃。煙にむせ、酸欠で苦しんでいる敵兵の頭上に弓矢の豪雨を降らせた。
俺達はダラダラと汗を流しながら、やぐらの上からショットガンを撃ち続ける。今まで何人を殺しただろう……。ここまでやったら今の日本では確実に死刑だろうが、異世界の戦場では褒美としてプラチナをいただける。人間の命とは……罪とは一体、何なのだろうか。
ようやく、太鼓の大きな音が戦場に響き、帝国軍は逃げ出した。
まだ燃えている死体を避けながら敵兵は撤退していく。細い道なので敵が密集している、その無防備な背中にショットガンを撃ち放った。今なら目をつむっても当たるだろう。
重松さん達はライフルを構え、遠距離攻撃に切り替えていた。
防御するという精神的な余裕もなく遁走していく帝国軍。反撃される心配がない状況での一方的な攻撃。それは単なる、なぶり殺しの虐殺ではないのか。
やがて敵の姿が消え、崖の下には青い煙を上げて、くすぶり続ける死体の山。
「攻撃中止!」
榎本軍師の命令が聞こえたので、ショットガンを置いてへたり込む。
俺達はバッグに入れておいたペットボトルを取り出し、中の水をゴボゴボと盛大にこぼしながら、ゴクゴクと飲んだ。