第118話、土の匂い
現れたのは真夏の庭。
雑草が茂っていて、膝の近くまで伸びている。
俺と野田は家の中に入っていった。
「ああ、お帰りなさい。武器は用意していたわよ」
エアコンの効いている居間に寝転がってタブレットをいじっている香奈恵。部屋の隅にはショットガンと弾が入ったショルダーバッグが置いてある。
「お帰りなさいです、ノダさんサトウさん」
テレビを見ながら爆ニンニクポテトチップスを食べていたアズベルが言った。いつもながら二人とも気楽で良いよな。
「よし、行くか」
野田がショットガンを持ち上げる。
「ちょっと待ってくれ……」
そう言って俺は外に出た。
実家の広い敷地。その一角に俺のマイホームが建築中なのだ。
夏の建築現場。作業員達は汗まみれで働いている。彼らは汗を流して生活費を稼いでいるのだ。それに比べて俺は殺し合いをして、贅沢をするためのマネーを手に入れようとしている。
お金という物は良く分からないな。
現場監督に挨拶するのも面倒だったので、遠巻きにして鉄筋コンクリート二階建ての邸宅を眺めていた。
建築を依頼して、工事を始める前には儀式を行った。
マイホームの建設用地に砂を盛り、それを依頼主の俺が木のクワで突く。わざわざ現場に神社の神主を呼んで立ち会ってもらう。
その時の「えい、えい、えい」という掛け声は決まっていて、「えい」というのは栄えるという意味の「栄」だ。
俺の後に建築会社の設計者が同じことをした。
家を一つ建てるのにも社会的な手続きがある。俺としては面倒なのだが、一般的には人生での一大事なのだから重要性が必要なのか。
「何、たそがれてんのよ」
いきなり肩に両手を置かれた。首を後ろに向けると香奈恵だった。白いブラウスにピンクの下着が透けている。
「そろそろ完成なのかしら……」
俺の顔を見て微笑んでいる。
「ああ、そうだな」
なんか変な雰囲気、彼女はどうしたんだろう。
「広い家に一人じゃ寂しいでしょ。あたしが一緒に住んであげようか……」
ボリュームのある胸が背中に押しつけられた。むせるような女の香りが鼻腔をくすぐる。
香奈恵の心音が背中に通じて、俺の心臓が激しく鳴り出した。
何と返事をしたら良いのか。頭の中にキャサリン姫と祐子さん、それにルーシーさんやアズベルの姿が、なぜかクルクルと回った。
このまま日本にとどまったらどうなるだろう……。
新築の家で香奈恵と同棲生活。異世界のことは忘れて平和な日本で贅沢三昧だ。全てが手に入る生活。不満も不備もない優雅な人生。ずっと思い描いて憧れていた……。
でも、違うんだよな。
それでは、いつか物足りなくなって不安になる。あの嫌な上司のようなダメオヤジになってしまい、自分の人生に後悔してしまうだろう。たぶん、人生が俺に求めているものは、もっと別のことなのだ。
それに俺と香奈恵が一緒になってしまうと野田が一人になって、今までのような3人の楽しい関係が壊れてしまう気がする。この場は彼女をなるべく傷つけないように断るべきか……。
「ごめん、香奈恵。知っての通り、俺はアニメオタクなんだ」
「はっ?」
口を開けたまま固まってしまう香奈恵。
「野田と同じように俺は二次元の少女にしか興味がない。悪いな……」
そう言って彼女の手をゆっくりと払う。
「キモっ! 死んじまえ、このガキオヤジ!」
尻を思い切り蹴飛ばされてしまった。
よろめいて俺は雑草の上に突っ伏した。香奈恵はプリプリと怒りながら戻っていく。
草の萌える香りと、もっさりとした土の匂い。
ああ、俺は異世界に行って戦わないとな……。
立ち上がってズボンの土埃をパンパンと叩いて飛ばした。




