第116話、決戦の前
それからは忙しくなった。
「次に戦いで決着をつけてやりますよ」
榎本軍師の頼もしい言い方。
罠を仕掛け、今度こそ帝国に大打撃を与えて撤退に追い込む作戦だ。敵を引きつけて、集中攻撃する。その作戦が成功する目算は高いと思う。
戦況が劣悪だというのは、スパイを出し抜くためのフェイクだと説明したが、議員達は戦々恐々としている。挙国一致体制で老若男女、全てが戦争に手伝うことになった。食事の炊き出しや物資の運送に老人や子供までかり出されている。
議員にとって共和国が滅ぶのは世界が消滅することと同義らしい。政治家にとっては国が全てだ。しかし例え、共和国が滅んでも民間の営みは続くと思うのだが……。
だが、もうここらで決着をつけないと共和国がもたないということも事実。ずっと臨戦態勢でやってきたので、国の生産は激減している。産業に関わる人間の全てを戦争に投入されているので、国のシステムは戦争一色でストップしていた。もう経済的にも限界がきていたのだ。
帝国を撃退して、産業活動を再開しないと国力が減退してしまう。輸出入が滞っているので、下手をするとハイパーインフレになってしまう懸念があった。
戦争は物資と人材を浪費するだけで何も生み出さない。戦争とは国力の削り合いと言える。どんなに優秀な軍師がいても国の力が尽きてしまえば戦いは終わりなのだ。
赤壁の防御陣を解体し、後方に移動するという作業を始めた。
それは議会の命令で撤退することになったという偽装工作だ。敵の買収工作を逆手に取り、帝国軍を限界まで引きつけて攻撃するという作戦。成功すれば、帝国を母国に追い返すことが出来るだろうが、失敗すれば敵の大軍が共和国になだれ込む。
やぐらや柵の一部などは残して武器や盾は全て数百メートルほど後ろに運ぶ。荒れ地での移送にもウニモグが大活躍だ。ヒエーと声を上げるくらいな燃費の悪さが気にならないほど、その高機動車両は威力を発揮していた。
プレハブの本営と通信機などは残しておいた。それらの近代設備に帝国が目を奪われるのは確実のなので、その分は隠れている俺達に注意が向かないだろうという考え。
帝国が赤壁を登ってきて橋頭堡を作るだろう。それまで、じっと待っていなければならないのだ。
共和国は全軍の一万余を岩の裂け目や森の茂みに隠していた。後方の本営には数人の留守番を残して、後は全力投球で決戦に望む。
音を出すことが出来ないし、炊事の煙も上げることが出来ない。食事は、わざわざ後方から運んでいた。こちらでは偵察を除き、兵達はテントで休んでいるしかない。
小川を取水場所とし、岩にペンキで印を付ける。そこから上流では水を汚さないように通達した。トイレは少し離れた風下の谷間。夜に使うことも考え、ロープを張って安全な通路を確保し、その両側で用を足す。一時的にとはいえ、一万以上の人間がひっそりと生活するのは大変だ。
軍の隠蔽工作が終わって、しばらくの後に帝国の斥候が赤壁を登ってきた。
山の中腹に設置されたテントから俺達が双眼鏡で監視する。
敵の数人は用心深く辺りを見回し、状況を偵察していた。やぐらや柵などを見てから、プレハブに入っていった。
しばらくして、通信機を両手に抱えた兵が出てきた。チクショウ、通信機を持って行かれるのか。まあ、電気がなければ使えないだろうが。
しばらく斥候は陣地の跡をいじりまくってから去って行った。伏兵に気づいた様子はない。
帝国軍は罠にかかるだろうか……。