第114話、密使
「よし、来たぞ」
藤堂さんの低い声が暗い部屋に響いた。
床に寝転がっていた俺は、ベッドで眠っていた野田を起こす。
「なんだよ……」
眠そうな野田がゆるゆるとベッドから降りる。
「とうとう来たんだよ。帝国の密使だ」
そう言って俺は窓際に近づき、双眼鏡式ナイトビジョンで丘の下の邸宅を見る。緑のモノトーン画像は暗視装置によるもの。
真夜中、モルトン議員の立派な家に一人の男が周りをうかがいながら入っていく。
藤堂さんは受信機のスイッチを入れ、議員の家に仕掛けておいた盗聴器の音をスピーカーから出るようにした。
俺と野田は藤堂さんの指示で、モルトン議員の家を見張ることになった。
議員の家を見下ろすことができる、高台の家を借り、三日前から三交代で監視していたのだ。
「でも、盗聴器なんて、いつの間に仕掛けたんですか」
藤堂さんに聞いた。
「うん、戦況報告会議の前だ」
彼はスピーカーの前に座り込んでいる。
「その時からモルトン議員が怪しいと思っていたんですか」
この人はスパイを嗅ぎ取る能力を持っているのかな。
「いや、そうじゃない。疑わしい議員の家には、全て盗聴器を仕掛けておいたのさ」
ああ、そうなんだ……。アレックス議長や主だった議員の会話を盗み聞きしていたということか。まったく藤堂さんも容赦がない。まさか、俺の周りには仕掛けていないよな……。
「しかし、帝国の密使も大変ですね。主な道路は封鎖しているから、深い谷やジャングルのような森を通ってこなければならないですよねえ……」
「シッ」
人差し指を口に当てて、藤堂さんが俺の話を遮る。
スピーカーから人の話し声が聞こえてきた。
「モルトン議員、お久しぶりです」
聞いたことがない、若い男の声。
「ああ、久しぶり。良く来てくれた」
これはモルトン議員の声だ。
「議会の工作の方はどうですか」
「うん、まあまあだな。まだ議長は迷っているようだが、もう少し押せば何とかなるだろう」
「では、よろしくお願いします。降伏が無理なら軍を崖から後退させるだけでも構わないので」
「ああ、何とかするさ。守備兵が撤退したら私の議会工作が上手くいったと思ってくれ」
やはり、モルトン議員が裏切っていたか。会ったときから、いけ好かない上司に似たオヤジだと思っていたんだよな。
「これは、ほんのお礼です」
ゴトリという音がした。たぶん、黄金の板だよな。
「共和国を占領したら、私の処遇もよろしく頼むよ」
「ええ、抜かりなく」
その後の会話は良く聞こえなくなった。盗聴器から離れたらしい。
「じゃあ、今すぐに襲撃してやろうぜ!」
野田の声は怒りのトーン。俺もショットガンをぶっ放しながら上司の……じゃなかった、モルトン議員の家に突入したい。
「いや、ダメだ」
藤堂さんが冷静に返す。
「得られた情報は作戦に組み込んで最大限に活用すべき。帝国の密使は、このまま無事に帰してやる。このことは、もう榎本さんとは相談済みだ」
そう言って藤堂さんが窓に近寄り、双眼鏡を手に取った。
「はあ、そうなんですか……」
俺と野田は顔を見合わせた。




