第111話、スパイキャッチャー
本営に到着して、すぐにミッキー老人の部屋に向かう。
いつも老人は、二階のワニ部屋にいる。一階のプールにワニを飼っており、二階まで吹き抜けになっていた。その大きな穴から、エサをやるのが老人にとって無上の楽しみだというのだ。全く趣味の悪いジジイだぜ。
「こんばんは、ご老人」
榎本さんが挨拶すると、ミッキー老人は安楽イスに座ったまま軽く手を上げた。
「ご苦労さん、軍師殿は活躍しているようじゃの」
相変わらず情報が早い。連隊長あたりが情報を流しているのだろう。
「それで、スパイの目星は付きましたか」
そう言って榎本さんが一歩進む。
「それが、まだ、はっきりせんのじゃよ」
老人がイスの背もたれに体重を掛けると、安楽イスがギシリと揺れた。
「全く分からないのですか」
「うむ、全く見当がついていないこともない」
このジジイはもったいぶっているよう。
「容疑者がいるんですね」
ウムと言って老人が身を乗り出す。
「ワシの考えでは、モルトン議員か、または議長が怪しいと思うんじゃよ」
俺と野田は顔を見合わせた。
モルトン議員はアレックス議長の腹心だ。俗にいうイエスマンで議長のふんどし担ぎ、例えるなら俺達の天敵である上司のような感じかな。小者タイプで母国を裏切るような度胸はないと思うのだが……。
それから、議長は共和国を愛している。俺達に迎撃を依頼したのが議長だし、帝国に共和国を売り渡すことができるだろうか。プライドが高い人なので、売国奴の汚名をかぶるような真似はできないんじゃないのかな。
「なるほど……、その二人なら、ありえますね」
榎本さんが深くうなずく。
えっ、そうなの?
「帝国が狙うのなら、議会で発言力のある人間にするでしょう。議長やモルトン議員なら、議会をコントロールすることも可能だ」
そうか、力のないペーペーの議員を買収しても仕方ないか。
「よし、じゃあ、その二人を張ることにしよう」
後ろで控えていた藤堂さんが進み出た。
「そうですね、よろしくお願いします」
榎本さんが軽く頭を下げる。
あれ、そんなに簡単に任せて大丈夫なのか。浮気調査とは勝手が違うと思うのだが。
「藤堂さん、どうするんですか」
俺が訊ねると、彼は自信に満ちた顔で、任せておけと言って笑った。
俺達は本営のある、隣の建物に行った。
一般の兵は補給係の作った食事を広間で食べるのだが、俺達のような高級士官は屋敷のメイドであるルーシーさんが用意してくれる。
レストランのような立派な部屋で夕食を食べていると、藤堂さんは一人で出て行った。すぐにスパイの調査にかかるのだろう。