第109話、藤堂
偵察はあきらめて、帰ることにした。
今日は曇っていて蒸し暑い。もうすぐ雨が降るかもしれない。そうすれば、道にこびりついた血の跡が消えてくれるだろうか。
祐子さんがトラックに手榴弾をセットしていた。ドアを開けたり車をいじったりすると爆発してしまうトラップだ。
崖まで数百メートル。そこに着いたら、高い崖を縄ばしごで登らなければならない。じっとりとした汗をかきながら俺達は帰路を歩いて行った。
*
重松さんを迎えに行くために日本に転送した。
いつもの庭。異世界と同じく、こちらの季節も夏。不思議なことに二つの世界には共通点が多い。一日の時間も同じようだし、向こうの星にも磁極がある。重力も同じだし、何かリンクしている理由があるのかもしれない。
まあ、それを知っているのは幼女悪魔のコパルだけだが……。
「ただいま」
そう言って居間に入っていく。部屋の中には四人が座っていた。
「ああ、お帰りなさい。プラチナは持ってきた?」
テーブルの前に座って紅茶を飲んでいる香奈恵。半袖の白いブラウスを着ている。守銭奴の彼女は貴金属のことしか考えていないのか。
「お帰りなさいです」
アズベルはパリパリとお菓子を食べながらテレビを見ている。この魔法少女のコスプレが良く似合う神官の少女は、いつも何かを食べているよな。
「そんなに多くのプラチナがあるわけじゃないぜ。そのうちにカマリア王国から届くだろうから、そうしたら日本に持ってくるよ」
俺は座って、出された麦茶を飲む。
「早くしてよね、レアメタルのブローカーから催促されてんのよ。ロジウムだけでなく、希少な金属も含まれていたんですって」
香奈恵は気楽だよな。たくさんの人間が焼き殺される修羅場を見ても同じことを言えるだろうか。
「ああ、分かったよ」
ぞんざいに言って麦茶を飲み干す。まあ、お金は欲しいけどな。大金が入らなければ、戦争なんていう怖くて疲れることはヤル気が起きないだろう。
「佐藤さん、ご苦労様。それで向こうはどうなっている?」
夏でもヒゲ面の重松さん。顔が熱くないのだろうか。
「特に変わりはないですよ。帝国も積極的に戦う気がないようですし……」
そう言って俺は重松さんの隣を見た。重松さんと同じゴツいオヤジがいる。
「初めまして、私は重松の友人の藤堂です。よろしくどうぞ」
そう言って角刈りの頭を下げた。俺も頭を下げながら様子をうかがう。
大柄で鍛え抜かれたような体格。三〇代後半くらいかな。角張った顔で端正な面持ちだ。
「この人は自衛隊の時の先輩で、俺と同じレンジャーを持っている」
重松さんが紹介してくれた。
「はあ、それはすごいですね……」
レンジャーというものを良く知らないが、重松さんと同じように強いんだろうな。
「諜報活動が得意でな。きっと榎本さんの役に立つと思うぜ」
重松さんがニヤリと笑って言った。それは自信満々という感じだ。
格闘が得意そうな気がするが、スパイもやるのか。
「こちらは佐藤司令官。俺達の上司だ」
藤堂さんは、ほうっという表情で俺を見る。
「何を言ってんですか。やめてくださいよ重松さん」
形だけの司令官なのだと、慌てて説明した。こっぱずかしいことを日本で言うなよな。
上司というと、憎たらしいあいつを思い出す。やつは今頃、何をやっているのだろうか。俺と野田が異世界の戦争に巻き込まれていると知ったら、どんな顔をするかな。