第107話、発想の転換
それからしばらくの間、帝国は攻めてこなかった。
敵兵の焼死体は近くの谷に放り込んだ。ここの地形は険しくて、底の知れない深い裂け目がたくさんある。
やっと敵が姿を見せたのは惨劇から三日後。
「迎撃開始!」
榎本軍師の命令がスピーカーから響く。一斉に放たれる弓矢。重松さんと妹の祐子さんはライフルで狙撃した。
ショットガンでは遠すぎて威力が無いだろうというので俺と野田は、やぐらの上でジッと見ているだけ。
偵察隊とドローンによって敵の進撃状態は全て把握している。
敵は三千人くらい。遠くから矢を放つだけで崖に近寄ろうとしない。
やがて、帝国軍は撤退していった。残ったのはライフルで倒された数体のみ。
それから、一日に一回か二回、敵の攻撃があった。しかし、積極的に崖を攻略するというような感じではない。
四回目の襲撃の後、やぐらを降りて作戦本部に向かう。
プレハブの本部で指揮を執っていた榎本軍師が出てきた。
「敵は何を考えているんですかね」
俺が聞くと、彼は腕組みをする。
「分かりません。ただ、帝国軍は歴戦のプロですからね、ムダなことはしないでしょう」
「つまり、無意味な攻撃をしていても、それを続けていけば困窮した状況を打開できる算段があるということだな」
振り返ると、ヒゲ面の重松さんだった。
「ええ、帝国軍は何かをやっているのでしょう」
そう言って榎本さんは空を仰ぐ。
「何かっていうと……」
帝国は俺達にとって何か良からぬことをたくらんでいるのか。
「たぶん、ひそかに共和国の議会に接触して、降伏させる工作をやっているのかと……」
榎本さんは冷静に言う。
「えっ、そんなことを考えているんですかね、帝国は」
そうか、正攻法では勝てないので、からめ手でくるというのか。
「このまま崖を攻めていれば、被害が大きくなることは必至。敵は発想の転換をしたのですよ。現在、帝国が散発的に攻撃してくるのは、議会の買収工作をごまかすためでしょう」
そうか、全く攻撃してこなければ何かをたくらんでいると勘ぐるだろうからな。
そういえば、前に共和国とトルディア王国を同盟させるために議会に出席した。その席で重松さんが、共和国を落とすには議員を買収すれば良いとか言っていたな……。
「武器を持って戦うことだけが戦争ではありません。お金を使って議員を落とし、戦わずに勝つことも立派な戦争なのですよ」
うなずきながら榎本さんが言った。
「まあ、議会から停戦の命令が出れば、軍隊としては従わざるを得ないからな……。自衛隊と同じ、共和制国家はシビリアン・コントロールが原則だ」
そう言った後に重松さんが深いため息をつく。
まったく、人質とか買収とか帝国は勝つためには手段を選ばない。……でも、それが本当の戦争というものだろう。




