第106話、ナパーム
焼夷弾は敵中で炸裂すると炎を辺りにまき散らす。
下の岩場に絶叫が起こった。
体に引火した炎は岩場を転げ回っても消えることはない。水を掛けても消えないので、革の防具を脱ぎ捨てるより他に方法がないのだ。
無防備になった敵兵に俺達は容赦なく散弾を撃ち込む。……これが戦争ってやつか。
重松さんは次々と焼夷弾を放ち、祐子さんは焼夷型の手榴弾を連続して投げた。
たちまち下の岩場は火炎地獄と化す。
それはベトナム戦争で残虐の限りを尽くしたナパーム弾と同じ材料を使っているのだ。
「ガソリンを投げろ!」
榎本軍師の命令を受け、弓矢で攻撃していた兵が木箱を開け、ガソリンが入ったガラスビンを敵に投げつける。一面に広がる火の海。
熱気によって陽炎のように揺らめく岩場の風景。その中で、体が燃えている人間達がうごめいていた。
炎に焼かれ、そして酸欠によってバタバタと倒れる帝国の兵達。
これって現実の世界だよな……。
俺は頭が真っ白になったが、それでも銃撃を続ける。
延焼によって生じた上昇気流が谷間に風を吹かせた。それは汗まみれになってショットガンを撃ち続ける俺達の顔をやんわりと冷やす。
敵の後方から太鼓の音が鳴った。
一斉に撤退する帝国軍。
「矢を放て!」
榎本軍師の的確な命令。まだ殺すのかよ……。
逃げていく背中に矢の雨が降る。重松さんは機関銃で敵をなぎ倒していた。祐子さんはライフルで遠くの敵を射撃しているよう。
俺はバカになったように散弾を撃ち放つ。当たっているのかどうか……もう、どうでも良くなってきた。
気がつくと辺りは静かになり、戦闘が終わっていた。いつの間にか攻撃終了の命令があったようだ。
眼下には、まだ燃えている死体の山。ここまで嫌な匂いが漂ってくる。
「やっと終わった……」
そう言って野田が床に横たわる。尻もちをつくように俺も座り込んだ。
汗まみれの俺と野田、荒い息が小部屋に流れるだけ。
落ち着いてから俺と野田は、やぐらから降りた。
崖の端では榎本軍師や重松さんが何やら話し合っている。
敵兵は……、一万くらいは死んだだろうな……。
野田がフラフラと作戦本部に向かうので俺も続いた。
本部の中に入ってから、二人は床にへたり込む。
割れた窓から入り込む日差しは傾いて、昼の強さを失っていた。
あれって戦いだったのかな……。なんか……ただの虐殺のような気がする。
野田がグスグスと泣き出した。
俺もやりきれなくなって涙が流れる。泣いたのは何年ぶりだろうか。
中年オヤジ二人は、部屋の中でクスンクスンと泣き続けた。




