第102話、戦いの前
プレハブの作戦室。その中で俺は扇風機で涼みながら窓の外を見ていた。
真夏とも言える、強い日差しが降り注いでいる険しい山の中の岩場。今は、大きな崖を挟んで帝国との攻防が繰り広げられているのだ。
榎本さんはイスに座り、大きめのタブレットで地図を見ながら作戦を考えているよう。
アマンダ共和国は天然の要害に囲まれた防御にたやすい地形だが、ひとたび突破されたら共和国はキャンベル帝国に蹂躙されて滅亡するかもしれない。
「まったく、帝国は卑怯ですよね。人質を使って脅迫するなんて」
タブレットに集中している榎本軍師の背中に語りかけてみた。
「うーん……そうとも言えないですね」
事務イスを回転させて振り向く榎本さん。
「えっ、そうなんですか」
「兵は詭道ですからね。勝つためには手段を選ばないのが戦争というものです」
彼は冷静に言う。それは自信満々というような態度。戦いに臨むと力強くなるよな、榎本さんも重松さんも。
「そうなんですか」
榎本さんは小さくうなずく。
「帝国は将軍の命と引き換えに降伏するように勧告してきました。もし、私達がそれに従ったら、少なくとも帝国の犠牲は無くなります。つまり、兵達の命が助かるということで、それは人道的な手段なのですよ」
そう言って彼は小さく笑う。
「卑怯なことをやって、たくさんの人間の命を救うことができれば、それはそれで良いことなのです」
「はあ、そうなんでしょうかね」
理屈では分かるのだが、なんか納得できないような。
「だったら、榎本さんも同じような手を使うこともあるんですか」
彼は困ったように首をかしげる。
「もし、どうしても必要だったら……そうするでしょう」
そう言って榎本さんは口を結ぶ。彼にはたぶん、そういったことはできないんじゃないのかな……。
「ピー、こちら偵察部隊。敵が侵攻し始めました。送れ」
夢から現実に戻されるように通信機から報告が放たれる。
床に寝ていた重松さんが飛び起きてマイクを取った。
「こちら作戦本部。敵の兵力はどれくらいだ。送れ」
「ピー、約二万人です。さらに、戦車が数台あります。送れ」
戦車といっても馬車を鉄板で囲ったような物だろうが。
「作戦本部、了解。そのまま偵察を続けろ。通信終了」
重松さんが大きく深呼吸してマイクを置く。いよいよ、本格的な戦いになるのか。
「三万人のうち二万ですか……。敵は決戦に及ぶようですね」
榎本さんは少し興奮しているようだ。
「ああ、ここが正念場だな」
もう一度、深呼吸をする重松さん。気合いを入れているよう。
榎本さんは外に出てジョンソン連隊長を呼ぶ。
「敵の総攻撃です。迎撃の準備を!」
今までのんびりしていた空気が、いきなりピーンと張り詰めて、共和国の兵達は慌ただしく動き出した。