第101話、金色マント
「ジョンソン連隊長、攻撃の準備を」
横目で榎本さんが告げた。
「……」
連隊長は顔をこわばらせて動かない。
「……分かりました。私が命令しましょう。重松さん、小隊長を集めてください」
うむ、と言って重松さんが行こうとすると、その肩を連隊長が押さえた。
「……分かりました……私が命令します」
うつむいたまま、つぶやくように答えるジョンソン連隊長。
「そうですか……」
榎本さんが無表情に言う。しかし、その手は金色マントの裾を力の限りに握りしめていた。平然としているように見えても、内心では嵐のような葛藤があったのだ。
「ただ、なるべく将軍に当たらないようにと注意しますがよろしいですね……」
それに対して無言でうなずく榎本さん。
軍師の命令を伝えるために小隊長の元に行くジョンソン連隊長は、肩を落として足下がフラついていた。
攻撃の準備は整った。
「攻撃開始!」
やけに大きな声がメガホンから放たれると、ちょっと間を置いて矢の雨が敵に降り注いだ。
拡声器のボリュームを上げたのは、味方の迷いを払拭しようと思ったのか。それとも、榎本さん自身の迷いを絶つためか……。
敵は混乱していた。まさか、攻撃してくるとは思わなかったのだろう。瞬く間に数人が倒れ、他は動揺して反撃することができないよう。
帝国軍から弓矢が飛んできたとき、向こうは後退していた。撤退していく敵を見ると、将軍は無事なようだ。ああ、良かった……。
「攻撃中止!」
命令を受けて一斉に攻撃が止まる。
「将軍は死ななかったようですね」
榎本軍師が横の連隊長に言うと彼はキッと睨み、無言で去って行った。
大きくため息をつく榎本さん。
平和な日常とは次元が違う非情な決断をしなければならないのが、戦争ってやつなのか……。
榎本さんが異世界に来なければ、冴えない無職の長髪オジサンで生涯を終えていたかもしれない。人間の才能を生かすには、それなりの世界と環境が必要なのだ。
*
それからしばらくは帝国の動きはなかった。
偵察隊の報告によると、帝国軍は橋のこちら側に大規模な宿営地を作り、忙しそうに兵が動き回っているという。
そのうちに大規模な攻撃があるのだろうか。
敵の兵数は三万人くらいだという。そんな大軍で攻めてきて、何も戦果を上げずに帰ることなどできないだろうな。
その間にも、俺は転送を繰り返して武器や燃料を輸送した。
こちらの陣地は柵を強化して、弓矢の用意も万全。迎撃の準備は十分に整った。
共和国に残っていた全てのプラチナは野田の実家に運んである。香奈恵とアズベルは日本にいて、転送する物の買い付けをしていた。