第1話、非円満退職
前に書いた異世界転生ものに設定が似ていますが、別の世界の物語です。
R15となっていますが、そんなに残酷な描写はありません。
中年トリオが若返って、近世ヨーロッパ風世界で活躍して、最後には王様になる(?)ストーリーを考えています。
(でも、途中で変わってしまうかも)
「ざまあ見やがれ、あの上司の野郎があ!」
喚いて俺は、缶ビールを飲み干す。
「会社を辞めてせいせいしたぜ」
隣に座っている野田も、今まで務めていた会社の悪口雑言をさっきから放ちまくっている。
「それはいいけど、これからの生活費はどうするのよ」
香奈恵が仕方なさそうにナッツをつまんで口に入れた。
平日の昼過ぎ、陽光がサンサンと降り注いでいる元で、俺たち中年トリオは憂さ晴らしの飲み会を開演中だった。今頃、他の一般人は必死に働いているんだろうな。
崖の上の平地に車を停め、ダイハツ・タントのハッチバックを開けて日よけにしている。
水平線を見るのは久しぶりだ。波の打ち寄せる音が近い。テレビ番組のサスペンス劇場でラストに出てくるような場所かな。酔って熱くなった顔に潮風が心地よくて空気にも味があるんだなあと感じさせてくれた。
「チクショウ、あの野郎」
上司の顔を思い出すだけで、胸がムカつく。
ボールペンを置く位置だけで文句を言うやつだった。性格が細かいくせに気が荒いから始末に負えない。
昨日、ちょっとしたことで口げんかになり、そのまま会社を飛び出してしまった。
それを聞いた同僚の野田も退職届を上司に投げつけて辞めてきたそうだ。鉛筆で殴り書きした物でも自筆で判を押してあれば有効なのだろう。
俺の私物は友人の野田が車で運んでくれたので、もう会社に戻る必要は無い。同時に二人もいなくなって、あの憎たらしいやつも困っているだろうさ。
「佐藤ちゃん、小太りの34歳で資格も持っていないのに生活はどうするのよ」
スカートを穿いているのに、あぐらをかいている香奈恵。スカートがまくれ上がって太ももがあらわになっているが、気にするような女ではない。
彼女と野田は高校の同級生で、その頃は三人で良く遊んでいた。
「小太りは関係ないだろ」
俺は小柄でウェストが太い。160センチという背の低さを学生時代から気にしていた。
チラリと彼女を見る。けっこうな美人さんで30歳を過ぎていてもスタイルが良い。
「どこで間違えたんだろうなあ、自分の人生……」
野田が天を仰ぐ。同じく小太りだが俺よりも10センチほど身長が高い。
「あたしが慰めてあげようか。10万円でどう?」
香奈恵が大きめな胸の前で腕を組み、白いブラウスを盛り上げてフルフルと強調する。
「そんなお金があるかよ。それに自分は三次元に興味が無いことを知っているだろ。俺の嫁はジュリアちゃんだけ!」
野田は俺と同じアニメオタクだ。彼は美少女フィギュアをこよなく愛している。
「ケッ、最近は曲がった男達が増えているわよね」
缶ビールを一気飲みする香奈恵。彼女は出戻りで、もう結婚する気はないと言っていた。
「自由だ! 自分は自由なんだ」
いきなり野田が立ち上がって海の方に進む。かなり酔いが回っているよう。
つられるように香奈恵も立って海の方を向く。
「みんなあげる。あたしをあげるわあ! だから、お金をちょうだーい」
身も蓋もないお願いだ。そんなの誰が聞いてくれるのか。
付き合いというものがある。俺も立ち上がって崖の方に歩いた。
「俺も自由だ! この人生が間違っていたんだ。これで終わるような人間じゃないぞ、俺はあ!」
海に向かって青春ドラマのように叫ぶ。興奮したら急に酒が回ってきた。
「チクショウ、俺は世界を征服して、この世を統べる王様になってやる!」
何を言っているのか自分でも分からなくなってきた。
「まずは、今の人生をリセットだあ」
ズンズンと崖に向かう俺。
「何をやってんだよ!」
野田と香奈恵が俺の腕をつかんで止めようとしている。
しかし、構わずに海にめがけて突き進む。
俺は自由になるんだ。
野田が俺の首に腕を巻き付け、香奈恵が俺の腰を押さえているが、そんな障害など王様になるであろう俺には大したことではない。キングは自分を信じて力任せに進むだけ。
海原が視界に広がる。
「やめろー!」
野田の絶叫に、少し冷静を取り戻す。しかし、足下が揺らいでバランスを崩した。
「ギャー」
香奈恵の叫び声がボンヤリとした頭に突き刺さる
三人は下の岩場に落下していった。