1話
「あっ」
その声は誰が発したものだろうか。俺か相手か、もしくは周りにいた誰かかもしれない。だが今はそんなことはどうでもよかった。
ーーぽちゃ
俺の手から離れたスマホが川に向かって一直線に落ちていった。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
しばらくスマホが落ちた場所を見つめていると近くから何度も何度も謝る声が聞こえてきた。
「あ、いえ、こっちもよそ見をしていたのが悪かったんです」
相手の言葉を返すように返事をする。だが少し声が震えていた。怒っているわけじゃない。だけどなんだか涙が溢れてしまいそうだった。
「いえ!私が悪いんです!歩きスマホをしていたんですから!」
「…いえいえそんなことないですよ」
本当だよ!って言ってしまいそうなところをぐっと抑え込む。確かに相手が歩きながらスマホをいじっていた。おそらくだが何かゲームとかをしていたんだと思う。ガチャでいい物や難しいクエストが達成できたのかその喜びを表すかのようにして周りの目を気にせず回り始めたのだ。その時に近くで立ち止まって電話していた俺の手に勢いよく当たってしまい、その勢いで俺の手からスマホが飛び出し川へと落ちてしまった。だからと言って相手が全部悪いと言うわけじゃない……ほんとうにそうおもっているよ?ほんとうだよ?
「弁償します! 弁償させてください!」
「え?あぁ、はい」
相手はまだまだ学生だろう。制服を着ているわけじゃないので学生かどうかは分からないが見た感じだとおそらくまだ高校生のように思える。そんな相手から弁償しますって言葉が出て来るとは思わず、何より俺が悪いことをしてしまったんではないかと思えるほどに詰められてこられて少しびっくりして思わずはいと答えてしまった。
「ではこれを、これはまだ使ってない最新の新品のやつなんで安心してください!」
家族に相談するためにスマホを取り出したのかと思えばそれを俺にへと渡してきたのだ。確かにこれは見たところ傷もないし指紋などの後もない。これはこの子の言う通り新品のスマホなんだろう。
「えーと、ありがとう?」
「いえ!私の不注意だったんです!本当にごめんなさい!」
受け取るまで引き下がらないと口には出ていなかったと思うがはっきり顔に書かれているように見えた。そのため俺は思わず受け取ってしまったのでお礼を言ってしまい、相手は俺が受け取ったのを確認すると再び頭を下げる。
「あっ!こんな時間もう行かないと!ごめんなさい!私もう行きます!本当にごめんなさい!それじゃ!」
「え?ちょ!ちょっと!ま…行ってしまった」
そして相手のスマホからアラームが鳴る。相手は何か予定があったのか何度も頭を下げながらどこかへ行ってしまった。思わず手を伸ばし、引き止めようと声をかけたが相手には届くことはなかった。
「えっと、どうしたらいいんだろ?」
俺は別に相手に故意じゃなかったので弁償してもらう気なんてなかった。連絡先が消えてしまうと困るような相手や消えて欲しくない写真や動画があったわけでもないし、大事にしていたゲームやアプリがあったわけでもない。ただちょっとスマホが川に落ちたと言うことに驚いていただけだ。そう驚いていただけなのだ。そのため謝ってくれただけで充分すぎるほどだった。それなのに新品のスマホを渡されるなんて思いもしなかった。そのため俺はこのスマホをどうしたものかと眺めること数分……
「うん、帰るか」
何も解決することができないと悟った俺は家に帰っていった。