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JUNK ―偽りの惑星―  作者: EGGMAN
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第一章 目覚め

――00――



遠い遠い昔の記憶。

何歳だったかもわからないほど昔の記憶。

それが本当にあったのかもあやふやなもの。

だけど、いつもその光景が夢に出てくる。


目に映るのは暖かい光と女の人。

光があたしに向かっているから、その人の顔はよくわからない。

目を細めると、その人が笑っているのがうっすらと見える。

あたしはもっとその顔が見たいのに、体がうまく動かせない。

一生懸命に手を伸ばしてみるけれど、その人には触れられない。

だからあたしは泣いたんだ。


あたしがあんまりにも泣くもんだから、その人は歌い始める。

柔らかで優しい歌声があたしを満たしていく。

いつまでも聞いていたかったけれど、不意に歌は止んでしまう。

そのかわりにその人はこう言うんだ。


"アナタの名前は……"


夢はいつもそこで終わってしまう。



――01――



薄暗がりの中、星の輝きに照らし出される一本の大木。

森の他の木々と同様、その身に光点をいくつか浮かばせている。

昼に明滅し、夜に消えるのがこの森の樹木の特性である。

だが、その大木だけが夜だというのに光点を明滅させていた。

ゆっくりと繰り返されるそれと同調するように寝息を立てる少女。

小柄な体を畳み、森に棲む小動物のように木の洞に体を埋めていた。


"…………ア………………シ…………"


洞の中から僅かに聞こえてくるノイズ音。

その音から厭わしそうに顔を背け、ウェーブがかった髪が少女の顔を覆う。

ふと、大木の明滅が一際大きく輝くとともに止んだ。

それに呼応するように、少女の意識はゆっくりと微睡みから引き戻されていった。


―また、いつもの夢だ……―


鼻の先を、柔らかな感触が撫でていく。

その感触に目を覚ますと、もうすっかり夜になっていた。

ゆっくりと手を鼻先へ持っていくと、特大の胞子の塊があった。


"…………シ……ア…………リ……ア……"


ほんの少し仮眠するつもりだったから、無線機を外していた。

そこから雑音交じりの通信が辺りに響いていく。

相手の声は至って単調、だけどその回数から怒りが滲んでいる。


"アリ……シ…………ア……シア……アリ……"


周波数を合わせない限り、この雑音は続いていく。

そして寝ぼけるあたしが通信に応じなければ永遠だろう。

体の伸びと同時に無線機へと手を伸ばす。

ばあちゃんがくれたペンダント型の無線機。

中には小さな写真が入っている、それはきっと……。


"……ア……シア……アリ……ア……シア!!"


とうとう声が大きくなってきた。

声が単調なだけに、感情表現の方法が極端だ。

片手で耳を抑え、顔を背けてからボタンを押した。


「はいはい、聞こえてま……」


"アリシア!!!!!!!!"


「ン~~~ッ!!」


想定していた通りの大音量が脳を揺らす。

事前準備をしていて正解だった。

直撃していたら暫く聞こえなくなっていただろう。


「…………き、聞こえてますよぉ……」


"アリシア、63分45秒ぶりの通信だね、グッスリ眠れたかい?"


「うぇ、そんなに経ってたの?」


抑揚のない喋り方の中に交ざる怒りの感情。

聞きなれたものでなければコイツの感情はくみ取れないだろう。

一時間弱か、どおりで空に星が見えるわけだ。


"ボクが呼びかけた回数は1425回だ、

 君の名を一秒につき一回は呼んでいた"


「ごめんって、20分だけのつもりだったんだよ」


"そうだろうね、だから予定時間の倍までは待っていたんだよ、

 ところがまさか3倍以上になるとは思わなかった"


嫌味の言葉でさえ至って単調、かつ抑揚なしのストレート。

これは他にも何かあったかな?


「ひょっとして……ばあちゃんもう帰ってる?」


"君の部屋にはまだ行っていないから安心するといい、

 なに、彼女の様子から察するにあと13分は気づかないだろう、

 そして気づけばボクが身代わりになるだけだ、今月で3回目だな"


「……ばあちゃんに怒られる」


この世の何よりも恐ろしい事実があたしを襲う。

それがわかっただけで目が覚めた。


"分かってもらえたようで何よりだ、

 では7分ほど彼女の気をそらしておくとしよう、

 20分もあれば戻ってこられるだろう?"


「早すぎ!もっと頑張ってよ!!」


文句を言いながら自分の身の回りを確かめる。

良かった、採集用のビンは無事だ。

これがなかったら、きっと家から追い出されるに違いない。


"部屋の中にいればいいだけだ、

 窓は開けておくから裏から飛び込むなりすればいい"


「そんな簡単に……ヒックシ!!」


またも鼻先をかすめる胞子にくしゃみが出てしまった。

見れば大量の胞子が辺り一面を覆うように舞っている。


「これって……」


"なにかあったのかい?"


「胞子が、雪みたい……」


思わぬ幻想風景に目を奪われる。

森の木々の間から差し込む月光、それに照らされる綿毛胞子。

風はなく、時間の流れが遅くなったようにゆっくりと降ってくる。

まだ雪が降るにはずっと早い季節だ。

それが胞子たちのせいで森の中は雪景色のようになっていた。


「……綺麗」


その光景に見惚れていると、また単調な声が聞こえてきた。


"アリシア、その胞子はかなりの大きさかい?"


「うん、けっこうおっきいよ。あたしの手の平くらい」


"色は銀色に見間違えるほどの輝く白色?"


「うん、すっごく綺麗! 辺り一面に雪が降ってるみたいだよ。

 あれ……なんだこれ?光ってる?」


胞子の一つを手に取り、じっくりと見てみる。

目を細めてよく見れば、綿毛の先に小さな光が点滅している。

胞子の核から先端へと何度も呼びかけるように光が走っていく。


"アリシア、そこからすぐに離れるんだ。

 丸呑みにされたいなら別だけど"


「丸呑みって……ヤバッ!!」


"うん、『機械蟲(ワーム)』だ"


急いで傍らに置いてあるビンを肩掛けバックに詰める。

胞子に埋もれる寸前だった帽子を被って走り出す。

既に胞子の放出は止み、大地が吸収を始めていた。


「ヤバイヤバイヤバイ!!」


"おめでとう、機械蟲(ワーム)の巣を見つけたようだね。

 これで少しはマスターを見返せるんじゃないか?"


「ばあちゃんにバレたら怒られるってーの!!

 それよりさっさと助けにきてよ!!」


"そうするべき状況だろうが、無理な相談だね。

 君の降って湧いた好奇心のせいで僕のボディはバラバラだ。

 出来る事と言えばマスターの気を逸らし、窓を開けるくらいかな"


「んぁ~そう言えばそうだった!」


耳に入ってくる嫌味と自分の間抜けさに腹が立つ。

怒りが増した分、走る速度も増していく。


「無理矢理でもフローターを借りてくるんだったなぁ」


"もし昨日に通信を送る機能を付けてくれるなら、

君を新たなマスターと認識してあげよう"


「はいはい、ごめんなさいね!!

 アンタの出力ならもっと早くなると思ったの!!」


"出来ればオーバーホールする前にボクに相談してほしかったかな"


「だ~か~ら悪かったってばぁ!

 第一、アンタもレースの賞品欲しがってたじゃないの!」


"それは記憶の齟齬というものだ。

君の提案に同意させられただけであって、ボクが欲した訳じゃない。

そもそもボクのボディに必要なのは改造ではなく補修だ、

早くボクのパーツを見つけておくれよ、約束したろ?"


「あ~もう~はいはい、ごめんなさいごめんなさい!

 あたしが悪かったです!無理に付き合わせてすいませんでした!」


ホントにコイツはねちっこい上に卑怯だ、いつもトドメはこれだもん。

コイツの願いも、あたしの望みも同じ。

いつまでもこんな寂れた片田舎にいては実現できない。

そんなのわかってる、だけどまだあたしにはできない。

今はまだ、当分、暫くは……いつまでこんな言い訳を続けるんだろう。


"アリシア、染料と光石は?"


「やってるよ、棚の上から三段目左から五番目のビン詰めホヤホヤ。

 太陽光だけじゃなくて、月光も取り込んでるからバッチリピカピカ」


"まさしく災い転じて福となすというやつだ。

これを想定していたのなら評価レベルをあげていたのだがね"


「あ~もう~うるっさい!」


無線機を放り投げたい衝動に駆られるが、そうもいかない。

嫌味を言われるとしてもコイツが最後の命綱だ。


「帰ったら覚えてろよぉ、ったく」


"こちらのセリフだな"


言い返したくなったが少し落ち着こう。

通信を無視ししつつ自分の首元へ手をまわす。

首から下げた光石で足元を照らし、森の中を駆け抜けた。

目印に木の幹に塗っておいた染料を光石で浮かび上がらせる。

だがその内の一つが削られているのを見つけ、足を止めた。


「おっかしいなぁ、この辺のやつならこの染料は嫌いなはずだけど」


機械蟲(ワーム)が嫌う染料を見極める。

それがばあちゃんから最初に教わったことだった。

どうしても森の中に入りたくて必死に学んだ。

だからそうそう間違うことなんてない……はず。

バックの中にある染料を詰めたビンを確かめてみたが間違いない。

今朝調合したばかりのもので、鮮度も悪くなってはいない。


「そういえば最近西の森から逃げてきたやつがいたっけ」


ハンターに追われていたのだろう。

前に見たときは体に何本も楔を打ち込まれ、瀕死の状態だった。

休止状態だったために、まったく気づかれなかった。

てっきりハンターに仕留められたものだと思ってたけど。


「羽化してたら嫌だなぁ……」


その時、後ろから放たれた轟音に森中が震えた。

この世界に生み落ちてしまった不幸を呪うような雄叫び。

何がそんなに苦しいのか、何をそんなに嫌うのか、何がそんなに悲しいのか……。

生まれたその時から何者も受け入れず、否定し続ける。

否定するが故に同族でさえ捕食する、それが機械蟲(ワーム)


「ホント、何度聞いても嫌な声」


機械蟲(ワーム)の素材の一つになんてなってたまるものか。

帽子がはずみで落ちないよう、深めにかぶり直して走り出す。

途切れた目印を光石で探しつつ森の外へ向かう。

ぶかぶかの上着と裾の長いズボンが煩わしい。

どちらもそのままでは手足が隠れてしまうから折り曲げている。


『いつかちょうどいい大きさになるから』


ばあちゃんにそう言われてあてがわれた服だ。

"いつか"っていつだろう、いつまでちんちくりんな体なんだろう。

町のみんなに笑われないようになんてなれるのかな。

森の中では結構便利なんだけどね、この体。

狭いところも入れるし、隠れるのも簡単だし。

ご飯だってそんなに食べなくても平気だ。


"アリシア、森の上空に何かがいる。

羽化した機械蟲(ワーム)ではないが……大きい、気を付けるんだ"


「何それ!?こっちだけで手いっぱいだってのにぃっ!」


だけど今のままは嫌なんだ、あたしはもっと大きくなりたい。

そしたらこんな辺鄙な町なんて出てってやる。

あたしは明日が来るのが待ち遠しい。

明日になればあたしは少しだけど成長している、はず。

だからこんなとこで喰われてやるもんか。


"ほらほら、その短くとも逞しい二つの脚を精一杯に動かすんだ"


「うるっさい!レディに対して失礼よ!このポンコツ!」


"向こうは礼節なんてモノは理解しないケダモノだよ?

まぁ君を美味しくいただくというのは変わらないかもしれないが"


「そんな目にあってたまるもんですか!

 追い付けるもんなら来てみろっての!」


あたしの啖呵に答えるように、再び轟音が放たれる。

やばい、思いのほか近くにいたようだ。

機械蟲(ワーム)の移動する地響きがあたしに向かってくる。

ほとんど自殺行為だが、光石を機械蟲(ワーム)がいるほうへと向けた。

遠くから猛然と近づいてくる影が見える。


「何あれ、ホントに生まれたばかりなの!?」


生まれたばかりでもせいぜい大人一人分の大きさだ。

なのにアレはどう見ても家よりも大きい。

あれほどの大きさは見たことがない。

あんなのが町まで入り込んだらとんでもないことになる。

ただ逃げるだけじゃダメだ、どうにかしないと。


"アリシア!上空の物体から熱源を感知!あれは戦艦だ!"


「え……?」


あたしが空を見上げた瞬間、一条の光が森の中へと放たれていた。

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