竜神様
思いっきり青色の絵具を水で薄めたような空から、ゆっくり雪が舞い降りてきた。
あすかは降り落ちてくる雪を手のひらで受け止め、空を見上げた。
「おや、風花が舞い降りてきたねぇ。どうりで骨身に染みる訳だ」
「風花?」
あすかはおばあちゃんに、たずね返した。
「山の峰で休む、竜神様の息吹きで舞い上がった冬の花さぁ。
――ばぁばの話を聞くかい?」
あすかはこくりとうなずいた。
そうだね、どこから話そうか。
まずは、竜神様が休む山の峰がどうやってできたところから、話そうかねぇ。
――むかし、むかし、そのまたむかし、このあたりに小さな山がいくつもあったさ。
どんぐりの背比べと言う言葉、知っとるかぇ? そう、その山という山が、どれもそっくりなのにさぁ、ことあるごとに、やれ、こっちが高いだの、こっちが強いだの、こっちが大きいだのくらべっこしてばかりしておったのじゃ。
ある日のこと、その山という山が、いつものようにくらべっこしているうちにな、取っ組み合いの大喧嘩になってしまったのさ。
あまりにも喧嘩が酷すぎてな、とうとう山という山が混じってしまったのさ。
それなのにさぁ、その状態のままくらべっこをやめないものだから、山という山の峰がどんどん尖っていったのだよ。
そう、どんどん、どんどん……
で、とうとう、雨をまとって空を巡る竜神様が、その尖った山頂にひかかってしまったのさ。
竜神様が身動きできないもんだからな、山を挟んでこちらは大雨、こちらは日照りと、その地で生きる者は、ほとほと困まりきってしまったさ。
……まあ、竜神様は山の両側から山頂に来た若者によって、自由になったのだかね。
ともかく、自分達の喧嘩が原因で、竜神様が身動きできなくなったものだから、くらべっこばかりしていた山々は、小さくなってしまったのじゃ。
そんな山々にな、その竜神様がやってきて、こう言ったそうな。
お前さんらの山の峰で、重くて仕方がなかった鱗がはがれ、身軽になった。どうだ、お前たち、その峰を竜神の櫛にさせてもらえないかと。
それを聞いた山々はな、竜神様の櫛になる為に、峰を高く長くなるように、力を合わせるようになったのさ。
その峰のきれいなこと。竜神様はすっかり喜んでな、季節の変わり目になると、尖った峰で身体をこすって身軽になり、冬には、その山肌でくつろぐところになったのさぁ。
竜神様が山の峰で休まれるようになってからはな、山裾は実りに満ちた豊かな地になったのさぁ。
ほぉら、また、竜神様が心地いいと息を吐かれた息がやって来たねぇ。
この雪を風花というのじゃよ。
風花はな、竜神様のお力で、豊かな実りの源に満ちておってな、やがて、野原を彩る命の源となるんじゃよ。
「……ふぅん、その竜神様は今もいるの?」
「ああ、いらっしゃるとも。
春先、あの辺りの山の峰にな、細長い白い筋が現れるだろ? あれが竜神様さぁ。
その竜神様が山肌に現れたら、田畑を耕す合図さぁ」
あすかはおばあちゃんが指差す山肌を見ますが、山の峰は、まだまだ白一色です。
「……さぁて、ばぁばのお話はおしまい。
あすかや、お母さんのお手伝いの途中だったろ?」
「あ、いけなーい! おばあちゃん、お話とお野菜、ありがとう」
あすかは野菜を持って、パタパタと家に駆け込んでいった。
その頭に、静かに風花が舞い降りる。