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目覚め2



「……もう返すつもりはない、というのは嘘だな。問題が解決するまでしばらくは返さない」


 そう話すシルヴィオの言葉の意味は、ルーチェには難しくて、やっぱり理解できなかった。

 困惑するルーチェの様子を察したのか、シルヴィオがさらに説明をしてくれる。


「おまえは、実際には十八歳で、四年分の記憶を魔法で奪った。十四歳だと思っているその心が、記憶操作されたもの。姿は変わっていない。……これでわかるだろうか?」


 そう言って、彼が服の内側に隠していた鎖を引き出す。そこには黒曜石のような四つの大きな石を使ったペンダントがあった。

 魔法使いなら、それを見ればすぐに魔力が込められた石だとわかるものだ。そしておそらく、ルーチェの記憶を封じ込めている道具なのだろう。


「記憶喪失……なんですか? 私」


 記憶を失った、という自覚のないルーチェだが、失ったという自覚のある記憶喪失、といのもおかしな話だ。

 シルヴィオは冗談を言う人間ではないので、信じるしかない。


 よくよく観察してみると、彼の外見も多少は変わっている。ルーチェの中では二十歳、実際には二十四歳のシルヴィオ。その差が、彼女があるじに感じていた違和感の正体だった。


「おまえの記憶は、私が魔法で奪って、ここに封じ込めた。さっきはそばにいてやらなくて悪かったな。気分は悪くないか?」


 シルヴィオはルーチェの額に手を伸ばし、熱がないか確認する。敬愛するご主人様に気遣われたルーチェは嬉しくて、少しだけ恥ずかしくて、頬が真っ赤になる。


「大丈夫です! ……シルヴィオ様のほうが、重病人のようです。私はとっても元気ですよ」


 シルヴィオに心配をかけないように。ルーチェはぐっと拳をつくって、力こぶを見せるときのように、腕を上げてみせる。


「なぜ、怒らない? 私が記憶を奪ったと言っているだろう?」


 彼は少しいらだっていた。ルーチェが彼を責めないことにたいして、戸惑っているという様子だ。


「だって、シルヴィオ様は私に、悪いことをしたことなんてないもの。なにか理由があるんですよね?」


「悪いこと? おまえに契約をいたことが、そもそも……いや、すまない」


 契約は間違いだった。そう言われるのはルーチェにとって悲しいことだ。シルヴィオはそれをわかっているから、途中で言葉を止めた。


 二人は“契約の紋章”と呼ばれる危険な魔法的契約を、交わしている。

 そして本来なら、愛し合う者同士でしなければならない契約を、主従の信頼だけで成立させている。長い歴史を辿っても、前例のない存在だった。


「だが、……いつわりの契約はおまえの心をむしばんだ」


 それが、シルヴィオが記憶を奪った理由なのだという。


「そんな、それって……十八歳の私が、シルヴィオ様を裏切ったってことですか? 気持ちが変わってしまったってことですか?」


 強い魔力を与える特別な契約には代償がある。契約を違えてしまうと、心と身体が蝕まれ、いずれ二人とも命を失う。

 それだけではなく、病気や怪我で片方が命を落とした場合、契約相手も長生きできないといわれている。

 そんなことは魔法使いならば子供でも知っている話で、ルーチェも当然わかっている。

 それなのに、彼女は違えてしまったというのだ。


「違う。主への信頼と、誰かを特別に想う気持ちはまったく別のものだろう? 契約で心までは支配できない。わかるだろうか?」


「ぜんぜん想像できません。私は、誰かを好きになって、そのせいで死にそうになって、シルヴィオ様も死にそうだった……ってことですか? そんなの、そんなの……なんか、嫌」


 誰かを好きになることで、シルヴィオとの関係が壊れる。それを知ってもなお、十八歳のルーチェは誰かを愛することを選んでしまったということだ。


「……もともと、五年ももったのが奇跡だった。おまえのせいではない」


「私、誰のことを好きになってしまったんですか?」


 十四歳のルーチェにとっては、シルヴィオがすべてだ。彼は命の恩人で、兄のような存在、そしてこれからもずっと変わらずに仕えていくご主人様なのだ。それなのに、十八歳のルーチェはいったい誰のことを一番に想っていたのか。今の彼女にとって、当然気になることだった。


「正確にはわからない。聞いても教えてくれなかったから。……予想はついているが、今のおまえにとっては知らない人間だ。会わせる気もない」


 そう宣言するシルヴィオはとても苦しそうだ。記憶を奪わなければ、ルーチェは紋章に蝕まれて命を落としていたのだろう。シルヴィオは死ぬよりはましだと思って、記憶を奪った。だからといって、他者の記憶を奪うということを喜んでする人ではない。


 シルヴィオに使いたくない魔法を使わせ、恩義を忘れてしまった自分勝手な人間――――今のルーチェにとって十八歳の自身はそんな存在に思えた。


「わかりました! じゃあ私、もうそんな記憶いりません。捨てちゃってください」


「なにを言っている」


「せっかくシルヴィオ様がもう一回時間をくれたのなら、私、もう間違えない! 今度は裏切らない、絶対に」


 彼は緊急措置として記憶を奪うという手段をとったのだ。けれど、間違えてしまったのなら、もう一度やり直せばいい。別の誰かに思いを寄せたのかもしれない過去の自分のことなど、今の彼女にとってはどうでもよかった。むしろそんな過去はきれいさっぱりなくなってほしかった。大嫌いだと思った。


「今度こそ、私はシルヴィオ様のことだけを考えて、ずっとお仕えしますから」


 ルーチェがそう宣言すると、シルヴィオは頭をなでて、そっと抱き寄せてくれる。

 その前に一瞬だけ見えた彼の表情は、曇っていた。

 そのせいだろうか。身体がぽかぽかとして嬉しいだけの行為のはずなのに、ルーチェの胸の奥が少しだけ痛んだ。



(なんでだろ? なんで喜んでくれないの……?)



 一度、彼を裏切ってしまって落ちた信頼は、言葉だけでは取り戻せないのかもしれない。彼を不安にさせないように、同じ道を進まないように、なにをすればいいのか。

 十四歳のルーチェは、彼女なりに一生懸命考えた。失くした記憶のことなど彼女にとってはどうでもよく、ただ今ここにいるシルヴィオに笑って欲しかった。



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