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目覚め1



 悲しい夢を見ていた。笑っていてほしい人が笑ってくれない。その人が、泣きそうな顔で近づいてきて、なにかをつぶやく。けれど、それが誰だったのか、なにを言ったのか、もう思い出せない。


 だって、それはただの夢だから。目が覚めたら、すぐに忘れてしまうものだから。





 朝の光で目が覚める。いつもと同じ、それなのにどこか違う。なにが違うのかわからないまま、ルーチェはベッドから身を起こす。


 飾り気のない綿めんの寝間着のボタンをはずして、それを脱ぐ。鏡の前にかけてある可愛らしい紺色のお仕着せを頭の上からパサリとかぶる。

 白い丸襟の下に連なる小さめのボタンを、寝ぼけたまま留めていく。やはりなにかがおかしい。



(ん……?)



 ルーチェは鏡の前に立ち、身だしなみを整える。くせのない金髪を編み込んでからまとめて、リボンをつける。長めの前髪を横に払って、髪留めで留めようとしたとき、鏡に映る自身の姿に釘付けになった。


「うわぁ、なにこれ!」


 鏡の中のルーチェは十四歳とは思えないほど大人びた、少女というより女性というほうがふさわしい姿だった。

 いや、昨日までは誰が見ても十代中頃だったはず。それが一晩ですっかり変わっていた。


「大人になってる!? しかもけっこう美人……」


 身長や髪の長さはそこまで変わっていない。けれど、ぺったんこだった胸がそれなりに膨らみ、おうとつのある体つきになった。鼻筋が通り、目のふちを長いまつげが彩っている。 残念なのが、少しやせ気味という部分だろうか。


「これはまさか、願いが叶ったの……?」


 まず考えたことが、誰かが魔法でルーチェの願いを叶えてくれたということだ。彼女は仕えるあるじのために、はやく大人になって、役に立ちたいといつも願っていた。


「いやでも、こういうことじゃないんだよね。見た目が大人でも、中身が十四歳じゃ……ぜんぜん役に立たないんですけど」


 人はありえない事態がその身に起こったとき、案外冷静なものである。身体だけ大人になっても、中身が伴わなければ無意味などころか有害だ。

 ずるをして大人になっても、見た目と言動が一致しない残念美女になってしまうだけだった。


「ど、ど、どうしよう?」


 ルーチェはとりあえず、手持ちのスカーフを頭にかぶってごまかそうとしてみる。朝は掃除や主の世話で忙しいのだ。さっさと部屋から出て、主を起こしにいかなければ。

 そんなことを考えながら、狭い私室を右往左往していると、急に扉が開く。


 扉を開けたのは、黒髪に闇色の瞳の青年。ルーチェのご主人様であるシルヴィオだった。


「シルヴィオ様?」


 小さな違和感……ゆがみというのだろうか。目の前にいるのは毎日一緒に過ごしている青年のはずなのに、彼もどこかおかしい。けれどそれが具体的にどこなのか、ルーチェは言葉で表せず、目をこする。


「すまない、目が覚めるときは混乱しないように、そばにいるつもりだったんだが……」


 シルヴィオが使用人のルーチェを起こしにくることなど、ありえない話だ。

 彼の顔をよく観察すると、ひどく顔色が悪いことに気がつく。


「……あの、お顔の色が悪いです」


 目の下には隈があり、男性ながら色気があって中性的な顔立ちがやつれて台無しになっている。

 ルーチェが彼に感じた違和感の正体は疲労だったのか。


「気にするな、すぐに治る」


「だめです! 座ってください」


 そう言って彼女は、主を無理やりベッドの上に座らせた。

 ルーチェとシルヴィオは“契約”をしている。二人の手のひらには同じ紋章が刻まれていて、そこから彼の魔力が枯渇こかつしているのだとわかるのだ。


 スカーフを頭につけた、あやしい状態のまま、彼女はシルヴィオの手を取った。

 そして紋章同士を重ねるようにして、そこから魔力を流してやる。それは契約者同士しかできない特別な行為だ。


 シルヴィオは、きっと夜通し魔法の研究でもしていたのだろう。普段は使用人兼助手兼弟子という立場のルーチェは、いつも彼の研究を手伝っている。けれど、夜になると「子供は早く寝ろ」と言われて、研究室から追い出されてしまう。

 十四歳のルーチェにとって、六歳離れているシルヴィオとの差は大きくて。だから彼女は早く大人になりたかったのだ。


「元気になりましたか?」


「ああ、礼を言う」


 彼はいつも通りの無表情だが、顔色は先ほどよりも少しだけよくなっている。彼女にとって、主の役に立つことは、なによりも嬉しいことだ。


「どういたしまして。それで、驚かずに聞いて欲しいんですが……」


 ルーチェは頭にのせていたスカーフを取って、シルヴィオによく顔を見せるようにする。


「どうやら、私は身体だけ大人になってしまったようなんです!」


 なぜか得意気に、ルーチェがそう告白した。


「…………」


 さすがのシルヴィオでもきっと驚くだろうと思っていたのだが、彼女の予想は外れてしまう。彼はわずかに眉間にしわを作っただけで、そのままの無表情だった。


「あれ? あまり驚かれないのですね? 私が感じるほど変わってないのかな」


 髪の長さを変えたり、新しい服を買ったとき、自分では別人のようになった気がしているのに、周囲は違いに気がついてくれない、というのはよくある話だ。それと同じように、じつはたいして変わってないのだろうか、とルーチェは首をかしげる。


「違う、驚いている。……その発想に」


「やっぱり、変わってますよね? 原因はまだ不明なんです! 誰かの魔法でしょうか?」


 本人の許可なく外見を大人にしてしまうなど、完全なありがた迷惑。魔法というより、呪いのようだ。原因不明の怪現象の正体を、指折りの魔法使いである主にたずねる。


「人の骨格を変える魔法は、変えられる人間がその変化に耐えられないだろうな」


「……そうなんですか。じゃあ、幻影か、それとも」


 シルヴィオから普段教わっている知識を総動員して、彼女は原因になりそうな魔法について考えた。

 ルーチェにもシルヴィオにも、同じように見えていると仮定して、骨格が変わった以外で可能性があるのは幻影だろう。ほかにもなにかあるのではないかと、懸命に探る。


「記憶操作」


 はっきりとした口調で、シルヴィオが別の可能性に言及する。


「記憶、ですか?」


 記憶操作と姿が変わることに、なんの関係があるのか。ルーチェは主の言葉の意味がわからず、困って、説明をしてほしいとうながす。





「おまえの記憶は私が奪った。……もう返すつもりはない」





「ええ――――っ!!」


 敬愛する主の爆弾発言に、ルーチェは驚いて、つい大きな声をあげてしまう。けれど、記憶操作で身体が成長した理由なんて、じつのところさっぱりわかっていなかった。



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