第七話『ネコーターで走るのにゃん!』のその②
第七話『ネコーターで走るのにゃん!』のその②
道路の左側、小さにゃ波しぶきを立てている海面には、『ブイ』と呼ばれる黄色っぽいものが一つ、ぷかぷか、と浮かんでいるのにゃ。楕円型の形をした台の真ん中辺りから棒が一本、にゅう、と突き出ていて、そこに旗の端が取りつけられている。白地に黒文字で『スタート』と書かれた三角の旗が風に靡くさまは、いかにも気持ち良さげにゃん。ウチらのネコーター六機はこのブイの直ぐ後ろに、ずらり、と横一列に並んでいるのにゃ。
(確か『走破』とかいってたにゃあ。
ここがスタート地点とすると、どこかにゴールもあるってわけにゃん)
ネコーターの横っ腹には、番号が黒文字で記されているのにゃ。ブイにもっとも近い、一番左側に位置しているウチのネコーターは『1』。あとは右側へ順に、ミクリにゃんの『2』、ミロネにゃんの『3』、ミリアにゃんの『4』、ミムカにゃんの『5』、そしてミストにゃんの『6』と続いているのにゃん。
ねこんねこんねこん! ねこんねこんねこん!
ゲームが始まろうとしているからにゃのか、それとも、『早く始めるのにゃん』と急かしてでもいるのにゃろうか。ネコーターにゃんらの貧乏ゆすりが起こす震えも音も、また一段と大っきにゃものに。
《急かしているのじゃないかしら》
《にゃんで、そう思うのにゃん?》
《貧乏ヒマなし》
と、ここでミクリにゃんが手を上げたのにゃ。
「ヤカン君、だっけ。ねぇ、バックはどうやるの?」
「出来ないわん。ほら、さっさと元の位置に戻るわん」
「だから、どうやってさ?」
多分、『歩く』を押してしまったのにゃろう。見れば、ミクリにゃんはスタート地点から、だいぶ飛び出してしまっているのにゃ。
「ミクリ殿。手綱を引いて、ぐるっ、と旋回すれば戻れるんじゃないか?」
「なぁるほどねぇ」
『困った時のミロネにゃん』の助言で、ようやくミクリにゃんはスタート地点にまで戻れたのにゃん。
《欲しいものは回り道をしてでも手に入れろ、ってことかしら?》
《にゃんでもかんでも『教訓』とするのは良くにゃいと思うのにゃけれども》
「元通りに並んだみたいね。それじゃあ、早い者勝ちレースの開幕だわん。
ルールは一つ。ここにあるのと同じブイがね。この道路を、ずぅっ、と走った先にあるのわん。そこがゴールってわけ。ただ辿り着くには幾つものワナがあるから、その点は十分、覚悟していてね。道路全体が黄色く点滅し始めてから、終わるまでの間がデンジャラス、つまり危険な状態。ワナが発動しているの。誰かがワナに墜ちるか、それとも一定の時間がすぎれば、解除されるのわん。あっ、いっておくけど、全員じゃなくてもいいわん。ひとりでもいいからゴールすれば、奇っ怪獣との闘いに臨むことが出来るから。
勝てればもちろん、奥の部屋へと通じる――かもしれない――カギが手に入るのわん。
あとは……特にないかも。じゃあ、質問を受けつけるわん。
どぉ? この期に及んでも、まだなにか聴きたいことってあるのわん?」
「はぁい、先生」
そういって右手を上げたのは、今の今までじっと耳を傾けていたミストにゃんにゃ。
「先生……ふふっ。なかなかいいわん。アタシに合った響きなのわん。
で、なに? 知っていることは教えられるけど、知らないことは教えられないのわん。そこんところよろしくぅっ」
(当たり前にゃん)
《なるほど。『知らないことは教えられない』と》
《にゃにメモっているのにゃん?》
言葉の端々に、いい知れにゅアホさ加減が伺えるのにゃけれども、ヘタにゃツッコミをして気分を害されては一大事。にゃもんで口を噤むしかにゃい。
(ウチはいつの間に空気の読めるネコとにゃったのにゃろう)
知らず知らずのうちに、ミーにゃんに鍛えられていたのかもしれにゃい。
まっ、それはさておきにゃ。
「正解のカギが見つかるまでゲームを繰り返すのよね?
でもそれだと、こちらの霊力があっという間になくなっちゃうんじゃない?
なんかとぉっても勝ち目がなさそうな話に思えてならないのだけど」
「それはいい質問なのわん」
ヤカンにゃんは、『待ってました』とばかり、にっこり、と微笑んにゃのにゃ。
「空間に飛ばされても、そこでのミッションを首尾よくクリアすれば、部屋へ戻った際には、飛ばされる前の力が九割方戻るっていうご褒美が用意されているのわん。
どぉ? なかなか親切だとは思わない?」
「そうかしら。九割でしょ?
ゲームを始める前の力を百とすれば、最初のミッションをクリアしたとしても九十しか戻ってこないわ。以降、八十一、七十二・九、六十五・六一、という具合に、ミッションをクリアするたんびに、どんどん減っていく。クリアが難しくなっていくのよ」
「でも、なぁんにも戻ってこないよりは、はるかにましでしょ? 違うわん?」
「それはそうだけど」
「もっとも、この程度のご褒美じゃあ、オールミッションクリア、ゲームコンプリートなんてとても……あっ、誤解しないでよ。今までがそうだっていう話で、あなたたちも、ってわけじゃないから。未来のことは誰にもアタシにも判らない。あなたたちがどうなるかは全てあなたたち次第。アタシも早く自由の身になりたいから、影ながら応援しているのわん」
「でも、あれでしょ?
応援をしてくれても、ミッションをクリア出来るとはかぎらない。そうよね?」
「当ったり前じゃない。カイラが真の狙いとするのは、ゲームプレーヤーの命、というよりも、霊力を根こそぎ奪うことにあるんだもの。それでも、さっきも話した通り、助かる者が居ることは居るのわん。全ては今もいったようにプレーヤーの力量次第、ってとこね」
「そして運良く助かった者は広報の役目をしてくれる……か。
口コミで拡がれば、来館者の数が一気に増える可能性だって大いにありそうね。誰の案かは知らないけど、良くぞ思いついたって褒めてあげたくなるわ。
なにしろ、この館ときたら…………はぁっ。
一応、あちらこちらとチェックしてはみたんだけど、外側も内側も実際は、おんぼろぼろ。なのに、涙ぐましい努力というかなんというか、『とにかく、きらきらっ、にしなきゃ』との意気込みを感じさせんばかりに無理矢理仕立てられているんだもの」
「どうしてそんなことが」
「どうしてもクソも、表面を覆う薄い膜を、ちらっ、とはがしてみたら一目瞭然」
「なんてことを。器物損壊なのわん。カイラが怒り出すのわん」
「大丈夫。心やさしいわたしが霊水でくっつけ直してあげたから」
「…………」
「あんな『正体見たり枯れ尾花』的造りでも、妖魔漂うこの気配とたまたまマッチしたから、辛うじてさまになっている、ってとこかしら。
とまぁそんなこんなで、広報ないし口コミの手でも使わなかったら、
『満員御礼となるくらい魅力的ね』なぁんてとても……あっ、ごめん。訂正するわ。
『誰が入るもんか!』よね」
ミストにゃんの指摘が気に入らにゃかったとみえる。ヤカンにゃんは口をとがらせ、むぅっ、とした表情にゃ。
「ずいぶんといってくれるのわん」
「事実を語っているにすぎないわ」
抗議めいた文句をぶつけられたものの、ミストにゃんは動じることにゃく、あっさりと受け流したのにゃ。まるでミーにゃんを相手にしているみたいに。
(同類とみているのかもにゃ)
《ミアンちゃんは、ああいう、そっけない喋り方って、どう思う?》
《会話しにくいのにゃん。もっとも、ミストにゃんに関しては、直ぐに言葉をつけ足してくれるから、そうでもにゃいのにゃけれども》
《ワタシもやってみるわね。ええと、お澄まし顔で、と。
『事実を語っているにすぎないわ』
……ぷぷっ。ああああっ、ダメダメぇっ! ワタシにはとても出来ないわあぁ!》
《あんまり無理しにゃいでにゃ。反動でお顔がぐにゃぐにゃにゃよ》
《あら、大変。折角、親からもらった大事な美貌が》
《精霊のあんたに親なんて居たのにゃん?》
《はい、お母さま!》
《ウチにゃの?》
「ところで、と。これで取り敢えず聴きたいことは聴けたし……あっ、そうそう。
も一つだけ。あなたを倒した……ええと、カイラ、だっけ?
奥の部屋に入れれば、わたしたちも彼女に会えるのかしら?」
「さぁ? そんなの知ったこっちゃないわん。
カイラに直接聴いてみれば? 聴けるならね」
「あら? あんまり関心がなさそうね。ひどい目に遭わされている割には」
「カイラよりもホワイトなのわん。気にかけなくちゃいけないのは。
ふぅ。可哀そうに。今もパンドラに封じ込められたままなんだもん。
一刻も早く解放してあげたいのわん」
「あなたからすればそうかもね。……うん、判ったわ」
ミストにゃんの質問はこれでおしまい。にゃにはともあれ、事情はにゃんとにゃく判ったのにゃ。
……この『にゃんとにゃく』というところがミソ。本当に判っていようがいまいが、これだけつけ足しておけば無罪放免とにゃる。どういうことかといえばにゃ。にゃにか予想外の事態が勃発して、『あんた、事情は判ったっていっていたじゃにゃいの!』って、あとで詰問される羽目ににゃったとしてもにゃ。『にゃからいったじゃにゃいの。「にゃんとにゃく」って』と自分を弁護出来る。いわば、いいわけの免罪符みたいにゃもんにゃのにゃん。
《なるほど。『なんとなく』と》
《にゃから、にゃにメモっているのにゃん?》