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その名は梟     作者: ドリーム
3/4

それぞれの卒業

梟シリーズ第三弾


今回は卒業をテーマに描きました。

その名は梟 (それぞれの卒業) 


 米原浩は部長室の部屋を行ったり来たりと、そわそわしていた。

 そこに部下である吉森課長が入って来た。

 「部長、本日はおめでとうございます。お時間の方は大丈夫でしょうか。会議は部長の指示どおりにやっておきますから」

 「ああ、すまんな吉森君。女房がうるさくてな。今日は絶対に出てくれと言ってきかんのじゃよ。毎度のことだが、はっはは」

 「それは奥様やお嬢様だって部長が来てくれるのを心待ちしてますよ。私も女房には散々と嫌味を言われましたから」


 子煩悩の父、米原浩は世間で言う、家庭を顧みずの会社人間とは少し違っていた。

 まさに会社からも家族からも信頼の厚い人間だった。

 家族の節目の行事に今回も妻と二人、娘の卒業式に出ることになった。

 娘の晴れ姿は羽織り袴のいでたちで、大人びて見えた。

 それもそうだ。まもなく二十二歳になる。自分からみれば幼稚園児の記憶の方が強く印象に残っている。休みの日は自分の周りを子犬のように纏わりついて、本当に可愛いかった。

 妻と卒業式に出席してから娘を真ん中に記念写真を撮った。

 娘は友人達と今夜は卒業パーティに行き遅くなるそうだ。こればかりは親でも引き留められない。その帰りに妻にどうしてもと言うから、誘われてレストランに入った。

 妻から誘うなんて滅多にないことだ。しかし妻の表情がなんとなく暗い。でもその時は米原は気にも留めなかった。

 「紀子も知らぬ間に大きくなって、もう社会人になるんだなぁ」

 「そうですね。あの子も卒業して羽ばたいて行くのですね、やっと私も卒業出来そうです。長い間ありがとう、あなた……」

 「卒業って? 君は英語塾でも通っていたのかね」

 「いいえ私は貴方から卒業したいと思います」

 「なに!? 俺から卒業したいとはどう言うことだ」

 「ええ……つまり離婚したいのです」


 まったく考えもしない妻の発言に、米原は思いっきり後頭部を殴られたような衝撃を感じた。頭の中で思考回路が理解不能と出る。パソコンのようにデーターを自分の頭の中で、離婚要素になる原因を計算させようと分析してみたが、やはり思い当たる節が見つからなかった。

 「ちょっと待て! 例え冗談にしても度が過ぎるぞ。公子!」

 「冗談ではありません。紀子が卒業したら私も貴方から卒業しようと以前から考えていたことです」

 「おっ俺が何をしたと言うのだ。暴力を働いたこともないし、世間で言われる家庭を顧みない亭主じゃないはずだ。家族でも旅行に行くし、何処に行くにもいつも三人で行ったじゃないか。それに金にも不自由はさせていない筈じゃないか? なにが不満だと言うのだ」


 「もちろん貴方は家庭を大事にしてくれました。それについては感謝しております。ただ疲れました。貴方は定年まであと十年もあります。娘は就職と同時に家を出て行くのですよ。私は家に一人で、ただただ貴方の帰りを待つ毎日が続きます。それにはもう耐えられないのです。貴方と結婚して二十五年、ちょうど区切りをつけるには良い時期かと」

 「それは……どこの夫婦だって通る道じゃないか。子供は大人になれば巣立って行くものだ。それが寂しいから離婚って、おかしいじゃないか。結局は俺に飽きたということじゃないのか」

 「そう取られても仕方ありません」

 それからレストランで延々と二時間も話し合ったが、妻の決意は固く米原は悪夢をみているような心地だ。しかし覚める事のない現実に打ちのめされ目の前が真っ暗になった。


 米原は娘の紀子に妻のことを聞いてみた。

 だが娘は驚いて泣き出しばかりで、娘にとっても寝耳に水だったらしい。

 米原はどうしても妻の不可解な言動が信じられなかった。

 だが不可解と思われた妻の言葉が現実のものとなって行く。

 それから一週間過ぎた頃、米原が仕事に行っている間に妻が姿を消してしまった。

 米原は仕事を休み、あらゆる手を尽くしたが行方知れずとなった。想像を遥かに超えたショックが米原を襲った。妻の存在がこれほどまでに大きかったとは、男の誇りも何もかもを失い、ついに米原は部長と言う要職まで捨てて退職してしまった。

「ごめん紀子。自分でも情けないと思う。長年築き上げた幸せが崩れようとしている」

 「お父さん元気を出して、いつものお父さんは何処にいったの?」

 「すまん紀子。俺はもう駄目だ。母さんと退職したら一緒に旅行をして何処かのリゾート地で老後を過ごそうと夢見ていたんだが」

 「それにしても、こんなにお母さんを思う気持ちを知っていて、何故お母さんは消えたの」

 娘の励ましも米原の心を開く事が出来なかった。米原は寂しさのあまり酒に明け暮れ毎晩のようにクラブに通う日々が続き、数か月後にはとうとう家を売り払い、米原は娘の視界からも消えた。それから数ヶ月後のことだ。都内の外れにある奥多摩の雑木林で米原の妻、公子が変死体で発見された。


 その前日に、娘の紀子の宛てに一通の書留が届いていた。

 母は娘がアパートに引っ越し、父が行く不明なった事は知らないが郵便局に転送届を出してあった事で書留が届いたのだ。その書留にはカードと手紙が入っていた。その内容は。


 『紀子、ごめんなさい。さぞ私を憎んでいる事と思います。お父さんは元気にして居ますか? 今だから本当の事を言います。私はお父さんも貴女も大好きです。でも今から一年前の事でした。友人と会食していた時に、中年の紳士に目を付けられたと言うか、執拗にせまられ拒むと家族に危害を加えると脅かされたのです。その中年紳士の実態とはヤクザの組長だったのです。私は心を鬼にして貴女と、あの人を守る為にその組長の〔女〕になりました。でも貴女とあの人を思うと、本当はどんな理由があろうと守るべきでした。他人に身を任せた私は死を覚悟しまた。今から数日前の事でした。組長に信用されるようになり隙をみて彼の口座から五千万を秘密の口座へ移しました。そのカードと暗証番号を送ります。でも間もなく私のした事が分かり私は、おそらくこの書留が届く頃にはこの世に居ないと思います。また貴女とお父さんも危ないので身を隠して下さい。せめて私の罪ほろぼしとして使ってください。自分と家族を犠牲にした報酬なのですからね。さようなら私の愛する紀子。お父さんを大事にね。公子』


それを読んだ紀子は、母の苦しみを知って泣き崩れた。

 「お母さん、どうして相談してくれなかったの。遅いわよ、お父さんが行方不明になったの、お母さんを愛する余り酒に溺れてしまって。憎い憎いわ! そのヤクザの組長が。その金で絶対に復讐してやる」

 紀子は手紙を読んだあと、その日の内に母が金を移した銀行へ行き一千万を引き落とし安全の為に更に残りの金の全額を別の口座に移した。

 時を同じくして隅田川の河川敷にある青いテント、いわゆる浮浪者のテントの中で、拾い集めた新聞の記事を見て呆然と立ち尽くした男がいた。紀子の父親、米原浩である。妻の死亡記事に愕然とした。落ちる所まで落ちた米原浩であったが家族愛だけは失っていなかった。紀子のアパートは知っていた。時おり元気か確認していたのだ。

 だが、妻が死んだとあっては、娘が心配で半年振りに娘の前に姿を現した。紀子は驚き米原に飛びついてきた。

 「おっお父さん!! おかあさんが、おかあさんが!」

 「すまん紀子、お父さんは駄目な男だ。でも公子が亡くなった……」

 「お父さん、この手紙を見て。お母さんはやはり、お父さんと私を愛していたのよ。お母さんは私達を守ろうとして命をかけたのよ」

 紀子から渡された手紙を読んだ米原は肩を震わせた。

 「そうか……そうか公子。悔しかっただろう。私がもっと早く気づいていれば方法があっただろうに。すまん苦しかっただろう辛かっだろう」


 米原は妻が最後まで自分を愛していてくれた事が嬉しく生きる勇気を取り戻した。

娘と共にヤクザの組長への復讐を誓った。だが相手はヤクザだ。こちらは一般市民なのだ。どうして復讐するのだ。だがふっと思い出した。同僚と飲みに行った時に噂を聞いた事がある。闇の世界で有名な抹殺人の事が頭に浮かんだ。なんでも羽音を立てずに獲物を仕留めると言う、梟のような男を。警察が裁けない事を闇から闇へと葬ってくれるそうだ。連絡方法は聞いていた。


 数日後、新聞記事の三面記事欄に、こんな記事が載っていた。

 (梟への願いTEL○○〇・・・・・・)

 知らない人はふざけた広告と思うだろう。それから一週間後。

ここは箱根にある谷田部組々長の別邸。

 「おまえ等、あの女を殺しただけでは気がすまん。五千万円を探せ! 俺とした事がとんだ油断しものだ」

 その時だ。どこから現れたか、暗い庭先から声だけが聞こえる。

 「ほう~勝手な言い分だな。五千万でも足りないな、五億は欲しいぜ」

 「だっ誰だ!? どこから入った。誰の屋敷か知って入ったのか」

 「闇夜に獲物を音もなく仕留めると言う、その名は梟……」

 だが声はすれど姿は見えず、子分どもは辺りを探したが姿は見えない。

 なんだと、ヤクザの組長を仕留めるだと笑わせるな」

 「黙れ! 米原の女房を力づくで奪い、あげくに殺しとは残虐非道」

 「なっ! 復讐を頼まれたのか? そうかお前が例の抹殺人か」

 「ほう何処で聞いた。俺も有名になったものだ。お前のような悪党は死んで償え。極上の死に方を味わうのだな」

 声のする方向に手下達は動き回るが姿が見えない。庭の近くにある大きな木の上からバシッと鈍い音がした。最初の一発が闇の中から谷田部組長の腹に、苦しみもがく処を更に次の弾が連続して腿を打ちぬいた。そして最後の一発が脳天を突き破った。

 手下達は何も出来ず、一瞬の出来事に茫然と立ち尽くしばかりだった。

 バサッと音がした。近くにいた野鳥だろうか大きな目の鳥が飛び立った。


 その日の夜遅く、依頼主の米原親子に電話が入った。

 「依頼の件、完了。二人とも強く生きてくれ。せめてもの梟の願いだ」

 「あっ有難う御座います。これで妻も少しは浮かばれると思います」

米原親子は、公子の墓に報告していた。

 「公子、あの金を使わせて貰ったよ。そして君の仇は討ったからね、安らかに眠ってくれ。寂しいけどもう会えいないな。俺も涙は卒業するよ」



梟への連絡方法は新聞の三行記事。

これはゴルゴ13と同じ手法を取り入れました。

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