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その名は梟     作者: ドリーム
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その名は梟 2 月下美人

今回は梟の生い立ちを書きました。

 月下美人


 その部屋は豪華絢爛で贅を尽くした調度品が煌びやかに輝いている。

 彼の生活ぶりが、いかに華やかなものだったかを物語るようだ。

 新宿御苑からほど近い高級住宅街に七百坪の土地に屋敷を構える男の部屋であった。

 土地単価だけでも、莫大な資産家と言える。

 客用に百台近く置ける駐車場を完備、その隣には池があり中央に噴水装置が取り付けられ夜にはサーチライトで七色の光で照らす。庭にはゴルフ場を思わせる芝生が敷き詰められ客人を招き野外パーティーも行われる。

 屋敷の周りは高い塀で覆われ中の様子はまったく分らない。入口には受付小屋まで用意され門番が常に監視している。屋敷の表札には相沢惣五郎と書かれてある。

 勿論、龍神会なんて看板がある訳がない。近所の人々は何者か薄々察している筈だが、特に恐れられる事もなく一住民と馴染んでいた。若い衆には近所と決して摩擦を起してはならないと言ってある。町会の行事は出席しないが、お祭り盆踊り等、多額の寄付金を出してある。

 

  年の頃は六十台と思われ、恰幅が良くただならぬ凄みが感じられた。

 それもその筈、この界隈では知らぬ者が居ない裏社会の帝王と囁かれている。

 裏社会で生きるからには敵も多い。当然屋敷には、この主を護衛する手下が常時五人の警護が付いているが、ここ数日前から十人に増やしたそうだ。

 その他にも防犯カメラは勿論のこと、屋敷の庭にはドーベルマン二頭を放し飼いにしている。どうして其処まで必要があるのか? 関東一の親分と云われる男でも心配があるのかと疑いたくもなる。それは十日ほど前に殺人予告があったという。

 本来ならよくある話だと、鼻で笑う事も出来たが今回は違う。

 龍神会でもNO三と云われる若頭補佐が周りに数人の組員が居るにも関わらず全員が一人の男に重症を負わされ、若頭の手に会長宛の殺人予告の封筒が握らされていたという。

 『今月中に貴様の命を頂く、冗談ではない証拠に貴様の手下に制裁を加えさせて貰った。命を頂く理由は貴様が死の間際に知らせるが、それは冥土への土産となろう。人は俺を梟と呼ぶ。会う日を楽しみしている』

 かなりふざけた内容であった。


 しかし笑える話ではない。現に幹部一人と三名の手下が病院のベッドに送られては相手の実力は侮れない。今月中とは後二週間と四日と言うことになる。何日とは定められて居ない為、いつ襲われるか分らない。それまで毎日怯えさせる心理作戦なのだろうか?

 関東でも知らない者が居ない大きな組織の会長が、それでは笑われてしまう。

 事は極秘扱いとなり組員でも一部の者しか知られさていなかった。

 数日後、若頭補佐がやっと退院したが未だに歩くことも出来ず車椅子姿で会長の前に挨拶に来た。


 「会長、申し訳ありません。会長の顔に泥を塗ってしまいました」

 「まぁそれはいい。いきなり襲われたんだってなぁ」

 「はい、ヤボ用での帰り夜の九時過ぎ新宿御苑の通りを、矢崎それにヤスと森野を連れて歩いていたんですがね。上から下まで黒いトレーニングウェアのような格好をした長身の野郎でした。普通なら俺達ヤクザ者を避けて通るんですが奴は堂々と真ん中を歩き、行く手を塞ぐんですよ。それで鉄が頭に来て『なんだ。テメィどきやがれ』と言った瞬間ですよ」

 若頭補佐は当時の様子を忌々しく語る。よほど悔しかったのだろう。まさかヤクザが手下と共に半殺しにされたのだから。

 「じゃ何か、その野郎は最初からお前等を狙って居た訳か?」

 

 「いま思うとそうなんでしょうね。その野郎は矢崎が側に寄った瞬間に跳躍して矢崎の顎に膝蹴りを喰らわせ、慌てた俺とヤスが野郎に飛び掛ろうと前に出たんですよ。奴は矢崎が膝けりを喰らって崩れかけた背中を踏み台にして更に高く跳躍し俺とヤスの首を両腕で巻きつけて襲いかかって来たんですよ。その勢いに押され俺たちはコンクリートに叩きつけられました。まるでキックボクサーと体操選手を組み合わせたような身のこなし方で、後はもう一方的に蹴られ殴られ気が付いたら、公園の淵に寝かされていました」

 「……おい! 内田よ。映画みたい話しを言ってんじゃねぇぞ。聞いた話だと一分も掛からない内にお前等が打ちのめされたて事になるんじゃないか」

 「申し訳ありません。なにせ一瞬の事だったんで。あの速さと身こなしは人間と思えない程でした」


 襲われたのは四人だが、比較的に怪我の程度が軽い森野に会長の目が向いた。

 「で、森野。お前が最後にやられたんだってな」

 「へい、面目ありません。俺も若頭とヤスが倒されたのを見て、懐からヤッパを取り出し奴に向った途端でした。奴はニヤッと笑うと俺に目を向けたまま、下から足でヤッパを蹴り上げられ次ぎに顎にボクンジクで云うアッパーを喰らい、更に横から廻し蹴りされて、そのまま意識が遠のきました」

 会長の相沢は暫らく声も出なかった。

 「処で梟ってなんだ? まさか殺し屋って事はないよな。俺たちと敵対する組織なら一人では襲って事はないだろう。まさか関西の奴等? いや相手は一人それも並外れた腕の立つ男? 組織の者ではなさそうだな。俺に恨みを持つ奴なのか。まぁ善人じゃないから人には恨まれているが組織を狙ったのか個人的なのか? さっぱり分らん。しかも殺人予告とはふざけた野郎だ」

 

 この時点で既に相沢は精神的に追い詰められていた事になる。

 それにして大胆不敵な相手が現れたものである。

 若頭補佐と他三人を油断があったにせよ一瞬して病院送りされた事は紛れもない事実であった。相沢は幹部に集合掛けた。NO二の大江田も最初は笑っていたが、舎弟の痛々しい姿を見て事に重大さに気付いた。

 「会長、予告だと十日を切っていますぜ。黙って待っている手はありませんや。こっちから仕掛ける手立てはねぇんですねぇ」

 「極秘に探させているんだが、しかもロクに顔も見てない内にやられてはなぁ。長身で黒装束ってだけではどうにもならん」

 「じゃ屋敷を三十人ばかり集め警戒させやすか」

 「馬鹿を言ってんじゃないぜ。そんなに集めたら世間体が悪いしサツに目を付けられたら周りがパトカーだらけになるだろうが」

 

 結局は腕の立つ奴を十人屋敷の中に待機させた。

 勿論、全員ヤッパに六人がチャカを携帯する事になった。

 会長の部屋にはNO二の大江田が張り付いていた。大江田は柔道と剣道の猛者として知られ、会長に認められ現在の地位にある。その大江田が監視カメラのモニターを見ている。

 会長の相沢には二十以上も年下の妻がいる。今は二人暮らしだが、万が一を考え実家に帰していた。相沢には他にも三人の愛人を抱えている。過去に何人も女がいたそうだ。

 この世界では当たり前なのだろう。金と暴力で自分のモノにする。

 その中には子供も数人居たという噂があるが、幹部すら子供の行方は知らない。そうなるといずれ後を継ぐのは大江田だろうという噂がある。


 そしてあと二日で九月が終ろうとしていた。予告だと今日明日しか残されていない。もう組員は十日も屋敷に寝泊まりして極度の緊張に達し精神的にかなり疲れていた。それは大江田も同じだ。比較的に会長の相沢だけは気楽に過ごしていた。

 「大江田、そんな張り詰めるな。この屋敷に一人で乗り込める訳がない。例え大型ダンプを突っ込んで来ようが、この広い屋敷まで届くはずない」

 「確かに、我々の組織を舐めてじゃないですか。腕が立とうともフイ打ちを喰らわなかったら内田達だってそう簡単にやられる訳がありませんぜ」

 「しかしヤクザが脅されるとは、これが世間に知られたら、いい笑い者だぜ。まぁ一杯やろうぜ。どうせ脅しに決まっている」

 「いや会長、さっき調べさせたところ梟と言う奴は裏社会では有名な抹殺請負人とか、梟は夜に活動して音もなく獲物を仕留めるとか。それで梟と呼ばれているそうです。大変な奴を相手にしてことになりますぜ」

 「なんだって? それじゃあ警護をもっと増やすべきだったかな」

 「しかしこんな深夜に集めたら変に思われませんか」

 「そこなんだよ。サツには目を付けられたくないしなぁ」


 その頃、十人の手下達は広い屋敷を見まわっていた。余りにも屋敷が広い為、全員が一か所に固まる訳には行かない。屋敷の周りは高さ二メートルもある塀で囲まれ、塀の上には鉄線まで張られる念の入れようだ。屋敷の外回りと屋敷内と合わせて二十台もの監視カメラが用意してある。

 それでも新宿界隈とあれば高層ビルも多い。その為に高さ十メートル以上もある樹が二十本以上植えられ庭や屋敷の周辺は見えないよう工夫されていた。だがそれがアダとなった。普通の人間なら大樹に登るなんてしない。例え登っても屋敷内に侵入は難しい。しかし男は普通でなかった。

 二人の男が警備の手を休めタバコを吸い始めた時だった。近くにいたドーベルマンがウウー唸り声を上げた。

 「おい! ジャッキーどうした?」

 すると突然ギャンと悲鳴をあげたかと思うと、間もなく横になり動かなくなった。

 「来たぞ!! 油断するな」

 二人は辺りを見渡した瞬間だった。闇夜が少し光ったように思いた。と、気づいた時には二人はドーベルマンと同じように意識を失いその場に倒れた。

 「おい、向こうの方で犬が吠えなかったか?」

 「なに? 敵か侵入したと言うのか。まさか、まぁいい念の為に行って見るか」

 

 全身黒装束に黒いマスク、黒いリュックサックのような物を背負った男が大木の上から様子を伺っていた。既に反対側に居る四人とドーベルマン一頭は同じ方法り麻酔銃で眠らせてある。残りはあと四人か。屋敷の中にあとに何人居るか、この時点ではまだ不明だ。

 そして二人がやって来た。かなり警戒しているようだ。

 「あっ! なんだ。あれは誰か倒れているぞ」

 二人は拳銃を抜きながら倒れている二人に近づいた。

 「ちっ、ジャキーもやられたか。まさか反対側に居る連中もやられたか? 知らせるか」 

 一人が携帯を取り出した時だ。バシッという音と共に携帯が吹っ飛んだ。慌てたもう一人の男が、撃って来た方向を狙い撃とうしたが、またもやバシッという音と共に拳銃が飛ばされた。

 「動くな。二人とも!! 少しでも動けば次は脳味噌が飛ぶぞ。残りの拳銃と携帯をその場に捨てて手を高く上げろ」

 

 もはや二人は抵抗が無駄だと悟ったようだ。見事なくらいに的を射貫く相手に敵う筈もない。二人は仕方なく手を上げた瞬間、梟のように二人を目がけて下りて来る黒装束の男が舞い降りた。

 「いいか一言でも声を上げたらあの世行きだ。でっ、屋敷の中にはあと何人居る」

 二人は顔を見合わせ口篭もった。するとバジッと音がして一人が倒れた。

 残った一人は慌てて言った。

 「いいます。いいます。打たないで下さい。屋敷の中には会長とNO二の大江田さんと他に二人居ます」

 「そうか、お前は物分かりが良さそうだ。安心しろ、残りの連中は麻酔銃で眠っている。ただ麻酔銃と言っても銃だ。無傷と云うわけには行かない。運が悪ければ骨折くらいはあるろう。お前に特別に褒美だ」

 男の顔に霧状の液体が浴びられた。同じく麻酔液だった。これで最低三時間は目が覚めることはない。

 黒装束の男は再び、ムササビのように大樹の上に音もなく登って行った。

 背中に背負っていたリックサックの中から形の変わった銃を取り出した。特殊部隊が使うワイヤー銃という奴だ。だが今は進歩していたワイヤーより格段に細く軽いピアノ線を使う。男は屋敷の屋根付近に狙いを定めた。屋敷の屋根付近に狙いを定めた。バシュと奇妙な音と共に先端がヤリ状の物が屋根付近に突き刺さった。

 そのピアノ線に滑車を取り付けた。距離は百メートル少し、なんなく滑走して行く、まるで梟が夜中飛び回っているように間もなく、屋敷の屋根付近に着いた。

 

 屋根には天窓が付いていた。丁度おあつらい向きだ。再びリックサックを開け小道具を取り出した。ついでにスタンガンと閃光弾、暗視スコープお呼び麻酔銃とサイレンサー銃まで用意された。まるで特殊部隊と変わらない。天窓から忍び込んだ男は二階を確かめたが誰も居なかった。それから屋敷の玄関の方へ周ると入り付近に二人の男が居た。ここでも音を立てる訳には行かない。一階と二階を階段付近で二人に狙いを定めた。

 ブシュ、ブシュ二人はほぼ同時に倒れた。他の部屋に気づかれないかと肝を冷し。

  間もなく時刻は夜の十一時五十分時なろうとしていた。

 「会長、もう少しで十二時になりますぜ。やはり最終日の明日ですかね」

 「へっ! 最終日どころか尻尾を巻いて逃げたんじゃないか」

 「なら言いんですけどね。なんかやけに静か過ぎませんか?」

 その時だ。フッと部屋の明かりが消えた。大江田は慌てて懐から拳銃を取り出そうとした瞬間だった。プシューと部屋の空気が切り裂く音が僅かに聞こえた。サイレンサーだから外部に音が洩れる事はない。

 大江田の太腿を弾が貫通した。大江田が声を張り上げるよりも早く暗闇から人影が現れ大江田の首に強烈な手刀を浴びられ、そのまま床に崩れ落ちた。

 NO二と言われた男はなんの抵抗も出来ず気絶してたまった。


 慌てた会長の相沢が逃げようとした。

 「動くな! 相沢。動いたら心臓を打ちぬくぞ」

 暗くて相手が良く見えないが忍び込んだ相手は夜目が利くようだ。

 「誰だ、お前は? 俺に殺人予告した奴か」

 「その通り。約束通り来てやったぜ予定した日は明日、つまりあと五分だ」

 「何処から入って来た? 庭はドーベルマンや手下が大勢居る筈だ」

 「心配するな。手下も犬も催眠ガスと銃で寝ている。手下達に気付かれるようなら、こんな商売はやってない」

 「なんて奴だ……大江田は死んだのか」

 「急所を外してあるが気絶させた。それより予告通り貴様を葬りに来た」

 「なんて奴だ。関東じゃ泣く子も黙る龍神会を襲うとは……。自衛隊の特殊部隊出身か」

 

 やっと暗闇に慣れて来た相田は、窓から差し込む薄明かりでボンヤリと相手が見えた。ただ黒装束なのか黒い影のような人影が見えるだけだ。かなりの長身なのか百八五十センチは軽く越えている感じだ。

 「どうして俺を狙う龍神会に恨みでもあるのか、それとも俺個人にか。しかも一人で乗り込んで来るとは貴様は何者だ」

 「お前は月下美人が好きな女を知っているか。冥土の土産に持って逝け」

 男はリックサックから月下美人の花束を相田の側に投げつけた。

 「なんの事だ。月下美人だと。夜に咲く花がどうした」

 「昔、貴様の女に月下美人の好き女が居たろう。丁度この月下美人の花が咲いた。それに合わせて葬りに来た。お前はその女に子供を産ませた。そして無残にもゴミを捨てるように捨てた。それでもその女はお前を恨む事もなく半年前にこの世を去った」

 

 相沢は昔を思い浮かべた。確かに月下美人の花のように夜鮮やかに咲くクラブの女が居た事を思い出した。確か三十年も前のことだ。

 「それがどうした? 俺は別れる時はそれ相応の金を渡している恨まれる事はない筈だ」

 「金と力ずくで女を弄ぶのか貴様は、その女や生まれた子供の事を考えた事があるのか」

 「子供……お前とどう云う関係があるのだ」

 「月下美人の好きな女とは俺のお袋の事だ。お袋は俺をたった一人で育てた。日陰のように暮らし死んでいった」

 「なに! するとお前は俺の息子なのか?」

 「黙れ! 貴様のような奴の血が流れていると思うと反吐が出る。しかし運命は変えられないが貴様を抹殺する事で、お袋と俺は救われるのだ」


 「そうか。俺の息子が生きていたか……お袋の恨み晴らすにやって来たのか。俺もこんな世界で生きているからロクな死に方はしないと思っている。息子に葬られるなら本望だ。俺は悪い親だ。許してくれ。だけど何故お前が殺し屋になったのだ。それとも俺を殺す為だけなのか」

 「黙れ!! 殺し屋と呼ぶな。俺は警察が裁けない悪党だけを抹殺する」

 「そうか抹殺人なのか、私利私欲ではないんだな」

 「俺は貴様を親だと思っていない。しかしお袋はお前の事が忘れなかった。お前はそんな女を見捨てた。それが憎い。だが約束通り冥土の土産に教えてやろう。人は俺を梟と呼ぶ」

 「ああさっき知ったばかりだ。確か闇夜に紛れて梟のように羽音を立てず獲物を抹殺するという抹殺人がいるという噂があるらしいな。それがお前なのか?」

 「ほう聞いた事があるのか。そうだ俺は金を稼ぐ為にフランスに渡った。そこで外人傭兵部隊に入る事なった。危険だが大金が手に入った。傭兵生活を六年続けた。その金で、お袋に楽をさせたかった。だが半年前から病に侵され、どんなに金を積んでも治せるはずもなく亡くなった。そんなお袋が、最後にお前が父だと教えてくれたんだ。お袋が許しても俺は許さない。お前もお袋と共に眠るんだな」

 「梟は依頼がないと仕事をしないんじゃなかったのか?」

 「ああそうだ。だが今回は私的な事だ。貴様が死ぬ事で俺は全ての血縁と決別し仕事に専念出来る」


 言い終った途端にバシッ音と同時に閃光が走った。

 「うっ! 顔色一つ変えず実の父親を撃てるものだな。それが一流の証拠か」

 「なんとでも言え、それともヤッパで切り刻んで欲しかったのか」

 相田はゆっくりと倒れて行く。相沢の顔の前に真っ白な月下美人の花が真っ赤な血に染まって行く。薄れ意識の中で相沢は呟いた。

 「龍二……お前は龍二なのか?」

 「ほう? 何故俺の名前を知っている」

 「こんな俺でも俺の子供の名前だけは知っている。幼い頃の写真も持っている」

 「まさか? お前でも人間らしい心が残っていたのか」

 「嬉しいぜ。最後にお前と会えて。一服吸いたいタバコをくれ」

 龍二と呼ばれた男はタバコを取り出し、火を付けて渡した。

 「美味いぜ、龍二」それが最後の言葉だった。

 

 梟の正体はヤクザの父が妾に産ませた龍二だった。皮肉にも龍神会の一文字を息子の名に付けるとはどう言うつもりだったのだろう。母は捨てられたにも関わらずヤクザの親分を恨みもせずに亡くなった。だが龍二はそんな無情の父が許せず抹殺してしまった。

 これで母は満足するだろうか? あんな男に惚れた母だから、むしろ恨まれるかも知れない。それなら母に愛する男をこの手で、あの世で逢わせてやる事が親孝行。 

 梟は暫らく息を引き取った父の姿を眺めていたが、やがて溜め息をひとつ吐いて立ち上がった。梟は進入して来た屋根から取り付けてあったピアノ線で、入って来た経路と同じ仕掛けで、金属製の歯車を掛け、あっと言う間に広大な庭の上空を滑走していった。

 それはまるで梟のようにフワッと音もなく飛び去った。



 闇夜に羽音を立てず獲物を抹殺する。人は彼をこう呼ぶ、その名は梟。

 

  了




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