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98 地母神徳

「僕は別に千六百年前のことには拘っていない。他のヤツにも言ったけど」


 昔の恨みなんていちいち覚えていられるか。


「で、でもノヴァさんやコアセルベートさんは……」

「アイツらは今ムカついたからボコボコにしたの。あくまで問題は今。それともマントルは現在進行形で、僕がムカつくようなことしてるの?」

「あへっ? おぼぼぼぼぼぼぼぼ……!?」


 凄い挙動不審になった。

 コイツの慌てふためいた時の慌てようは、わかりやすいなんてレベルじゃない。


「ああ、あれか。モンスター関連の騒動か」

「あああああ! アレも他の人たちに言われて仕方なく! どうしようもなかったんです! ワタシも祈りのエネルギーが少なくなってカツカツしてたし、何かしら打開策は必要で。一人だけ案に反対したらハブられるかもだし。そのクセ単独で離脱したインフレーション様はワタシに何も言ってくれないし……!」

「それでノヴァやコアセルベートに同調し、モンスターを作ったと?」

「はい……、でも……」


 マントルはその巨大な女体で、左右の人差し指をちょんちょん突き合わせるという可愛げな仕草をする。


「ワタシ本当は……、争いなんか嫌いです。千六百年前だって本当は戦争なんかしたくなかった。ヨミノクニだって滅ぼしたくなかった。でも、反対したらノヴァさんやコアセルベートさんやクェーサーさんが敵になってしまうかもしれないから、嫌々、仕方なく……」

「僕を敵に回すのはいいんかい?」

「だってエントロピーさんは優しいから、話せば許してくれるかもだし……」


 うわぁー。

 上目遣いで覗き込んでくるんじゃねえ。そんな巨体で上目遣いとかやったら物凄い屈み姿勢になるじゃないか。


「だからワタシ、今回だけは抵抗することにしたんです。モンスターを作りだすことには賛同しました。でも、争いだけはやっぱり嫌です」


 そのマントルの宣言で、色々噛み合った気がした。


「それで、ゴーレムか……」


 モンスターでありながら、人を襲わないゴーレム。

 それどころか人間の指示に従い、人間の仕事を手伝って、人と共生している。

 その理由こそ、創造主たる地母神の意思なのだった。


「イヤちょっと待て。話を整理しよう」


 こっちは怪しいところがあるから調べてみよう程度の心境で大樹を調べてみたのに。そこから出てきたのは、すべての鍵を握る地母神マントル。

 しかも向こうから聞かれもせずにガンガン核心に迫る情報を吐き出している。

 ボケっとしてたら、そのまま話の展開に置いて行かれそうだ。


「ワタシだって困ってたんですよぅ」


 だから聞かれないうちからズンズン話すな。

 しかも愚痴っぽい。


「インフレーション様から祈りの力のことを教えられて、試しに一口舐めてみたらスィーツだしデリシャスだしワンダフルだし。すぐ虜になりました。もっとたくさん欲しくて地の教団を作って。教団にたくさん人が集まって、祈りもたくさん集まって、ウハウハ。毎日浴びるように祈りを飲んで。でも、いつからか少しずつ祈りが少なくなって……」


 マントルの声が萎んでいく。


「『人間たちはもう神を必要としないのです』。そうインフレーション様から言われた時、目の前が真っ暗になりました。そして同時に、ヨミノクニが滅びてから一時も絶えず、インフレーション様がワタシたちを許していなかったってこともわかりました。ノヴァさんは怒鳴り散らすし、コアセルベートさんはカリカリするし、クェーサーさんは何百年かぶりに姿を見たと思ったら、すぐいなくなっていたし……」


 絶望に叩き落とされた神々か。

 インフレーションの気持ちを考えれば因果応報と言うべきか。手塩にかけて育てたヨミノクニを滅ぼされた恨みは、骨髄に徹する程のものだったのだろう。

 気が進まないまま渋々参加し、ヨミノクニ封印の手伝いまでしたマントルすら、情け容赦なく罠にはめたのだから。


「ワタシたちは何かしなきゃならなかったんです。今のワタシたちは、祈りがなければ自分たちをまともに保つこともできないから」


 だからモンスター。

 神の必要性を人間たちに説くために用意された敵役。

 そのモンスターと、神の下僕たる教団の戦士たちが戦うことで人々は神に感謝し、祈りを捧げるわけだが、それをしない神が一人いた。ここに。


「……だって、戦い嫌いですもん」


 マントルがぐずりながら言った。


「だからモンスターを使って逆を行ったわけか。モンスターに人を襲わせるのではなく、助けることで信仰を得ようとした。ゴーレムとグランマウッドは、神が遣わしたものだと人間にもうまく伝わっているしな」

「そうなんですよ! これが意外と上手く行ったんですよ!!」


 泣き沈んでいたと思ったら、一転ハイになって迫ってくる。

 躁鬱が激しく入れ替わるのもこの神の特徴だ。


「『ゴーレムは神の恵みだ』『加護をもたらしてくれてありがとう』って。たくさんの人がワタシに感謝してくれるんですよ! 感謝感激! おかげで割りかしたくさん祈りも集まってくるし。何より人から感謝されるの、嬉しい。超やりがいあります! 神の仕事ってこういうものなんですね!!」

「わかった……! わかったから落ち付いて……!?」


 どうしよう、マントルが至極真っ当なことをしている気がしてきた。


 彼女は、自分の存在と保つために人からの祈りを必要とし、それを求めてゴーレムという形ある加護を人にもたらした。

 人はそれを神の恵みだと知っていて、そのお返しとして感謝と祈りを捧げている。

 ギブアンドテイクの関係がしっかり成立していて、しかもマントルは純粋に、人間から感謝してもらえることに喜びを感じている。

 人と神の、ここまで正常な関係があるだろうか。


 モンスターという歪な存在が、使い方次第でここまでよき影響を与えるとは。

 祈りを減少させた主原因であるエーテリアルも、ゴーレムという労働力で溢れかえったイシュタルブレストにはなかなか浸透できてない。


 ……アレ?

 何だか隙がまったくない?

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