96 コダマの導き
そして夜。
地の教団から一夜の宿を提供してもらった僕は、その本部、地の大紅宮の客室にて眠った。
かつて観光貿易都市ハイドラヴィレッジで泊まったゲストルームよりはシンプルで飾り気はないが、その分落ち着いてゆったり眠れそうな部屋だ。
しかし僕はまだ眠らなかった。
その前にやるべきことがあるからだ。
まず僕は、充分な時間まで眠ったふりをして過ごし、周囲が寝静まるのを待つ。
「……そろそろいいか」
隣の部屋から、こちらの様子を窺う気配が消えた。
恐らくは教団の見張り。会談の途中から教主の態度が明らかにおかしくなったのと何か関係あるのだろうか?
しかし僕が寝入ったと思い込んだら、すぐさま監視をやめてしまったのは、そこまで僕に対して深刻な何かをもっているわけではないように思える。
彼らにとって、僕の存在が何らか重要な意味を持つのか?
それも気になるが、今は先に解き明かしておきたいことがある。
客室の窓から飛び出して……。
「ダークマター・セット」
発生させた暗黒物質の斥力を利用し、上方へ飛ぶ。
それを繰り返し、さらに、さらに、さらに上へ。
目指しているのは、このイシュタルブレストを代表する大樹。通称『御柱様』のてっぺんに届くまで上へ。
上へ、上へ、上へ、上へ、上へ、上へ、上へ、上へ、上へ、上へ……。
「…………………………………」
まだ到着せんのかっ。
『御柱様』舐めてた。
遠目から見て物凄く高い木だということはわかっていたが、実感的にはまったくわかっていなかった。
たっぷり千は数えられるだけの時間を経て、やっと頂上と言うべき枝葉の上に到達。
とは言っても山と違って何しろ木だから、頂点には見渡す限り葉っぱしかない。
足場としても頼りないので、依然として暗黒物質の作用で上空に留まったまま、さらに詳しく周囲を探す。
何を探しているのか?
ずっと感じていたんだ。絶え間なく僕のことを覗いている視線を。地の教団本部で教主と会談していた時も、イシュタルブレストに入った時も、大農場でお婆さんやゴーレムとバタバタしていた時も、ずっと視線を感じていた。
そして遠い山を隔てた向こうから、この大樹の姿を確認していた時も、遠くからこちらを窺う視線を感じていた。
この大樹。人々から『御柱様』と呼ばれる。その真実は、地のマザーモンスターたるグランマウッド。
無論、他の一般的な樹木とは根本から違うのだろう。
この規格外な大きさは言うまでもないところ。木の幹から樹液よろしくライフブロックなどという命あるレンガを生み出す点もそうだが……。
他にも何かあるはずだ。
「聞こえているだろう、出てこいよ!!」
大樹の頂上で大声を張り上げる。
あれほど時間をかけて地上から昇って来たのだ。全力で声を振り絞っても地上まで届くことはあるまい。だから遠慮はしなかった。
「気づいていたぞ! 僕のことを見ていただろう!? 視線を感じるようになったのは、この木が僕の視界に入るようになってからだ!!」
そう、大きいという以外に何の変哲もないように見えてもコイツは真実、樹木じゃない。
樹木型のモンスターなのだ。
その辺に生えている木々と同列に語ることはできない。
自分を滅ぼす目的で自分のテリトリーに入ってきた者を、絶えず監視することぐらいはするだろう。
「そうだろう!? 違うか!?」
そして変化が起きた。
それまで緑一色だった足元に、一点、違う色が現れた。
藤色というか、薄桃色というか、とにかく色鮮やかな、それでいて仄かで儚い色だ。
そんな色をした、花のつぼみ。
「つぼみ……、花……!?」
花といっても、元がこの巨大樹だ。その大木が結んだ花も大層大きく。つぼみの段階で僕の身長を超えている。
「っていうか、この木、花咲かすの!?」
そしてゆっくりとつぼみの先が綻び、何枚かの花びらに分かれて広がる。
そしてその中から出てきたのは雄しべとか雌しべとかではなく、一人の女性だった。
人間ではない。一目でわかった。
人間の女性に極めて似た身姿をしているが、そもそも普通の人間は花から出てきたりしない。それに、その体の表面は花と同様、藤だか桃だかに似た鮮やかでなおかつ儚い色をしている。
そして僕自身、一目見てわかったことがある。
「……お前、マントルか?」
地母神マントル。
創世の五大神にして地を司る女神。
闇の神エントロピーの転生者として、彼女の同類だからわかるんだ。
どういう理屈か肉体をもって地上に現れた彼女に、僕は呆然として何も言えない。
そして、しばらく沈黙が流れたかと思ったら。
「…………………………ごめんなさい」
「え?」
唐突に謝られた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、許してぇぇーーーーッッ!!」
マントルが泣きながら嵐のごとき勢いで謝ってきた!?
「うぎゃーーーッ!? なんだぁーーーッ!?」
「許してくださいお願いですぅーーッ!? 何でもしますからぁーーーッ!?」
と僕に縋りついてくるではないか。
しかもこのマントル。人の形はしているものの、人とは思えないくらいに大きい。
クソデカい樹木のから芽吹いたクソデカい花から飛び出した女の子なのだから、これまたクソデカい。
僕の身長も余裕で超える。
そんなのに縋りつかれてみろ。大型犬が迫ってくるようなもの……、という表現でもまだ足りない。トラやライオンのような猛獣が飛びかかってきたようなものだ。
一定以上の殺傷能力を備えた獣相手には、じゃれあうことすら命懸け。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさあぁぁーーーーーーーーーーーーーッッ!!」
「だからいい加減落ち着けぇぇーーーーーーッッ!?」
混乱のあまりに暗黒物質の生産が途切れた。すると必然的に重力と反発する浮遊力もなくなり……。
「ぎゃわーーーーッ!?」
「ひょわーーーーーッ!?」
僕は巨女もろとも真っ逆さまに落ちて、大樹の生い茂る枝葉の中へ突入した。




