91 樹怪
「……グランマウッド?」
ウシの唱えたその名を、僕はそのまま繰り返した。
『そうよ、地母神マントルのヤツが生み出した、地のマザーモンスターよ』
炎牛ファラリスに転生した火の神ノヴァが、僕だけに聞こえる精神チャンネルで語りかけてくる。
僕も現在は精神チャンネルで会話しているため、この状態が長く続くと周囲からは、ウシ型モンスターを熱心に観賞している変わった人に見られてしまう危険があるが、今はそれに構っている場合ではなさそうだ。
『その名の通り、巨大な樹木型のモンスターでな。大きさは全モンスターの中で最大級じゃろう。マザーモンスターは元来どれも大きいが、グランマウッドはその中でもさらに群を抜いて大きい』
ソイツの居場所を、お前は知っているっていうのか? さらにそれを僕に教えると?
『そもそも樹じゃから、生み出された場所から動くことはできんしの。で、教えてやるかどうかはお前の態度次第じゃな』
なんだよ、交換条件か?
『一つ質問に答えろ。何故ワシを封印しなかった?』
ん?
封印って。してるじゃん今。
『こんなお座なりのもの、封印と言えるか。その気になればいつでも天上に戻れるような緩いものではなく、千六百年前にワシらがお前にしたような本物の封印じゃ』
ああ。
『お前はそれによって千六百年も自由を断たれた。新しい戦いでワシはお前に敗れ、立場は逆転した。意趣返しの好機だろうに、何故そうしなかった? お前は二極の一、しかも四元素へ絶対的優位性をもつ闇の神。その気になればお前一人でも、五大神総がかりと同等の強固な封印を施せたであろうに』
イヤ、できんよ。
大体その封印って技を編み出したのは、あの姑息なコアセルベートだし。
『えっ? あの卑劣なコアセルベート?』
そう、あの下衆なコアセルベート。
だから僕ぶっちゃけ封印のやり方とか知らんし。あと仮に知ってたとしても、そこまでやる必要もないだろ。
『なっ……?』
率直に言ってお前やコアセルベートにはムカついたけど。だからブッ飛ばしただろう。
殴ったのにまだ恨みを忘れないなんて、それってただ憎悪をコントロールできない粘着質なだけじゃないか。
でも、お前らの過去の所業から見て、これから先も人間に迷惑をかけるのが確定的だろうから、繋がりはしっかり断たせてもらうがな。
そのためのマザーモンスター退治だ。
『…………』
何だよ黙りこくって?
納得したなら、早いとこそのグランマウッドとやらの居場所を教えろよ?
『……うっせえ! バーカ、死ね!』
何故か盛大に罵倒された。
何だよ、結局教えてくれないのかよ?
どうしたものかと思って、周囲を見回してみると。……いいものがあった。
「すみませーん、これ上げてもいいですかー?」
「いいですよー。でも少しだけね、あとでゴハンが入らなくなるから」
隅で掃除している飼育係らしい人の許可を取って、バケツに突っ込んであったニンジンを一本抜きとる。
ほらー、これで喋ってくださいよ。と、ウシの鼻先にニンジンをチラつかせる。
『…………ッ!?』
ウシは高々と棹立ちになって、両の前脚を天高く掲げた。
効果は抜群だ。
『なっ、舐めんじゃねーぞ闇の神! 今日はな、近くの学校の生徒が遠足でエサやり体験に来るんだ。ガキどもに我が奥義、牛飲馬食を見せつけんがため、腹は今から空かしておくのよ!!』
お前どれだけ今の生活に適応してるんだよ?
* * *
そんなこんなで必要な情報はゲットできた。
地のマザーモンスター、グランマウッドの居場所を。
他三体のマザーモンスターはいまだ所在不明だが、とにかくわかったところから確実に潰していこう。
そして肝心かなめのグランマウッド。樹木型のモンスターで、一度根差したところから絶対動かないというのは探す上でとても助かる。
ノヴァから聞き出した位置情報を、今の地理と照らし合わせ、目標がどの辺になるのかを詳しく割り出す。
すると、とんでもないことがわかった。
* * *
「あれが地のマザーモンスター、グランマウッド……?」
所在地を割り出してさっそく現地へと飛んだ僕。
その僕が遭遇したのは、たしかに想像を絶するほど大きい巨木の姿だった。
本当に大きい。
目的地はまだ山一つ向こうだというのに、その山の頂上を越えて霞んで見える緑色がある。
あれは、恐らく木の葉の緑。
広がる枝一杯に生い茂る木の葉が、山の高さを越えて遠くにいる僕へと存在を示しているのだ。
山をも越える、大きな木。
それほどまでに太く、長く、高い。
まるで天を支える柱であるかのようだ。
そして……。
「あの木の根元にあるのが、地の教団本部のある街、地都イシュタルブレスト……!?」
どうやらそういうことらしい。
僕は地のマザーモンスターの下に向かいながら、同時に五大教団の一つ、地の教団の本拠地にも向っている、ということだ。




