81 闇≠影
超危なかった。
だって僕――、クロミヤ=ハイネが駆けつけた時には、カレンさんヨリシロの二人が今まさに黒い影に追い詰められていたんだから。
「ダークマター・セット!!」
掛け声と共に叩きつけられる暗黒物質。
初めてまともにヒットしたそれは、黒影の巨体を瞬く間に覆い尽くす。
「オオオオオオオォォーーーーーーーーーーーーーッッ!?」
悲鳴らしき音を上げながらもがき苦しむ黒影。
「「ハイネさん!!」」
さらに美女たちは異口同音に僕の名を呼ぶ。
「アナタという人は本当に都合よく現れるんですから! でも、何故わたくしたちの位置が……!?」
「何言っているんだ。キミらが僕を呼んだんだろう」
「え?」
僕があの石碑を読みふけっている最中、いきなり遠くで眩い光が輝いた。
あんな大きな光を出せるのは、それこそカレンさんかヨリシロの二人しかいない。
しかし、現状あの黒い影も地底都市のどこぞをうろついているのに、あんなに目立つ光を放つのはおかしい。
僕に位置を知らせるにしても、あれでは黒い影にも見つかってしまうではないか。
しかしその行動に、一つだけ合点の行く説明があるとすれば、それはもう既に黒い影に見つかっているという可能性。
「それで慌てて飛んできたってわけさ」
「では、先ほどのカレンさんの『聖光斬』は、瓦礫であの子を押し潰すためだけでなく、ハイネさんにわたくしたちの位置と危険を知らせるために……!?」
何やらまたカレンさんが機転を利かせたのか。
「ハイネさんがライトで光を送っていたって聞いた時、とっさに閃いて。でも、こんなに早く来てくれるとは思いませんでしたよ!? 『聖光斬』出してから五分も経ってないじゃないですか!?」
「恋する女性のピンチになら、男は時空を捻じ曲げてでも駆けつけるんです」
まあ、本当は暗黒物質の重力反転を最大にして空飛んできたんだけど。
体に加わる反発力とか、まるで度外視してきたから手足が痛い。
で、肝心の黒影の方は全身を暗黒物質に包まれて、しばらくもがいていたが、やがて這い出して来る。
「お、小さくなってる」
それでも最初に遭遇した時よりは大きいが。大きく膨らんで、少し縮んだといった風情だ。
しかし小さくなったということは、暗黒物質が効いている証拠だ。
「だんだんと、わかってきたな。コイツの正体が」
脳裏に蘇る、あの石碑の刻まれた言葉。
『ワレこそが闇の神エントロピーとなって』
『悪しき者を残らず消し去ってくれるぞ』
「ワレは、闇の神、エントロピーなり」
影は相変わらず、本来僕のものであるその名を唱える。
「違うな……」
そして僕は告げる。当たり前の真実を。
「お前は闇の神じゃない。そしてお前の操るその力も、闇の力ではない。ようやくわかったぞ。お前の力の、その本質。それは、光の力だ」
「えッ!?」
僕の宣言に、まず当惑の声を上げたのはカレンさんだった。
「どういうことですかハイネさん!? あの影さんの力が、光? でもそんなはず……。あんなに黒くて、輝いていないのに!?」
「恐らくアレは、何らかの方法で光の神力を変質させたものです。だからこそ光を食らって肥大化する。変質によって、同質エネルギーを吸収する能力を獲得したってところか」
たとえば、光差すところに必ず影はできる。
光があって、その前に物質があり、物質が光をさえぎれば、その後方に黒い影ができる。
影は光が強ければ強いほど黒く濃くなり、あるいは長く伸びて大きくなる。
それこそヤツが光を食らい、濃く大きくなるように。
「つまりヤツの属性は『影』。一見闇のように暗く黒いもののようで違う。物質を介することで光を影に変えた。光の神力使いだ。そうだろうヨリシロ?」
「…………」
僕の問いかけに、ヨリシロからの答えはなかった。
しかし僕の中で、推測は確信に変わっている。
『ワレこそが闇の神エントロピーとなって』
『悪しき者を残らず消し去ってくれるぞ』
光あるところに影はできる。影を作るためには、光を遮る物質がいる。
その物質とは何か?
真っ先に思いつくのが肉体、人間の肉体だ。
人間の肉体を介して、光の神力を疑似的な闇――、影に変質させる。そんな神力技法があったとしたら?
そしてそれを怒りと憎しみによって、制御不能なまでに開放した者がいたとしたら?
『ゆえにワレは滅ぼす。お前たちも、お前たちが奉ずる四人の邪神も』
『ワレこそが闇の神エントロピーとなって』
『悪しき者を残らず消し去ってくれるぞ』
この黒い影の正体。それは……。
『影』の力を暴走させ、それに飲まれてしまった人間だ。
「ワレは、闇の神、エントロピーなり」




