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76 地底の国

 そうして私――、コーリーン=カレンは、ハイネさんと離れ離れになってしまった。

 床が壊れ、その瓦礫ともども落下していく最中に見えたのは、あの闇の神様を名乗る影とハイネさんが揉みくちゃになりながら遠く離れていく光景。

 あの人は、また私たちを助けるために無茶なことをしたんだ。

 そう考えると、無力な自分の悔しさと、好きな人が自分のために戦ってくれる嬉しさがごちゃ混ぜになって、わけのわからない気持ちになる。


 以前の私は、このわけのわからない気持ちが理解不能で、またさらにわけがわからなくなる悪循環に陥って戸惑うばかりだったが、今は違う。


 私はこのわけのわからない気持ちを『恋』と名付けることにした。


 その定義づけは、私の心に平静を取り戻すのに、少しだけ手助けをしてくれる。

 私はハイネさんが好きだから、ハイネさんに守られて嬉しいと感じるんだ。私はハイネさんを愛しているから、他の人よりも一層ハイネさんのことが心配なんだ。

 私は、自分に女の子の部分があることを認めることで、勇者らしからぬ自分の心理に言い訳することができた。


              *    *    *


「……大丈夫ですか、カレンさん?」


 先に起き上がったヨリシロ様が、手を差し伸べてくれている。


「あっ? はい……!」


 慌ててその手を取る。

 でも情けないなあ。本当なら勇者の方が教主様をお守りしないといけないのに。


「随分下まで落ちてきてしまいました。思ったより材質が脆くなっていたようですね」

「ええ、とても長く落下してた気がしますけど。それだけの高さから落ちてよく無事で……、あ」


 すぐに、その理由に気づいた。

 私のお尻が半分砂の中に埋もれていたのだ。砂。恐らく上の砂漠から漏れ落ちてきたものだろう。それが堆積し、クッションとなって私たちの落下の衝撃を和らげたのだ。


「…………地下、なんですよね、ここ?」

「ええ、そして着きましたよ。わたくしたちが求め旅した場所、闇都ヨミノクニです」

「えッ!?」


 砂からお尻を引っこ抜いて、ヨリシロ様に駆け寄って肩を並べ、その視線の先を追う。

 すると私の視界に飛び込んできたのは、大きく広がる都市の亡骸。地底空間に横たわる、無数の石造りの建物。大半が半壊し、あるいは砂に埋もれ、生命の気配はもはや感じられない。

 でも、そこに遥か昔、生命の営みがあったことは今でもはっきりとわかる。人々の生活の痕跡。

 もはや遺跡と言った方が正確だろう。広大なる地下の遺跡都市。

 ここが私たちの探していた、闇都ヨミノクニだというの?


「凄い……! 地下で真っ暗だっていうのに微かに輪郭が見える?」

「建物の表面に苔がはっていますね。それが僅かながら光を放つ種類のようです。……カレンさん、耳を澄まして」


 ヨリシロ様に言わせて耳に神経を集中させると、サラサラという潤った音。

 これはまさか、水音?


「地下水ですね。砂漠でも僅かに降る雨が砂に染みて、流れを作っているようです。水のあるところに生命は発生します。もっともコケやシダといった原生植物がせいぜいのようですが」


 そう言ってヨリシロ様は、周りの様子を確かめるように、その場を歩き回る。


「その植物たちが空気を綺麗にしているおかげで、わたくしたちもこんな地下で呼吸ができている。死した都にも生命は息づいているというわけですのね。別の形で」

「でも……、やっぱり苔の光だけじゃよく見えませんね。足元もおぼつかないし。……待ってください、また灯かりを……」


 そう言って再び聖剣サンジョルジュに神気を通し、光を灯そうとすると……。


「ッ!? おやめなさい!!」


 いきなりヨリシロ様に叫ばれて、ビビった。


「先ほどのイザコザを忘れたのですか!? あの黒い影は、光を求めてわたくしたちを襲ったのですよ。ここでまた剣を光らせれば、それを目印にまたあの子がやってきてしまいますわ」

「すっ、すみません……!」


 まったくもってヨリシロ様の言う通りだ。

 あの影さんも、床の崩落の際ハイネさんと揉みくちゃになりながら落ちていくのが見えた。

 私たちが怪我一つないくらいなのだから、あの影さんだっていたって無事で、今はこの地底都市のどこかをうろついている可能性が高いのだ。

 ついさっきのことだって言うのに、何うっかりしてるんだろう、私……。


「でも、これからどうするんですヨリシロ様? ヨミノクニに着いたのはいいですが、入り口への通路は崩壊して、戻るのは不可能ですし。その上あんな正体不明の怪物がうろついていては、普通に身の安全を守ることも重要問題ですよ?」

「なにも心配いりません。ハイネさんがいます」


 えっ?


「あの方とは離れ離れになってしまいましたが、今はその方が得策でしょう。あの人はエーテリアル動力源のライトを持っています。それを点けっ放しにしていれば、その光に誘われて黒い影はハイネさんを目指すでしょう。一対一ならば、あの人も存分に実力を発揮できます」


 そうか……。

 光を吸収してしまうあの影相手では、私は足手まといにしかならない。


「わたくしたちはそれまで身を潜めているのがいいでしょうね。脱出の件も、思い煩うことはないでしょう。ハイネさんが何とかしてくださいます」

「すべてハイネさんに投げまくりですね……?」


 思ったことをそのまま口に出してしまうと、ヨリシロ様はイタズラっぽく笑った。


「だって、実際そうでしょう? あの人は何でも解決してしまうんです。世界の危機から女の子の悩みまで」


 たしかにそうだ。

 ハイネさんと出会ってから僅かな時間しか経ってないが、何度あの人に助けてもらったろう。

 あの人の方が、私よりもずっと本物の勇者みたい。


「あの人の方が、ずっと本物の神のようです」


 えっ?

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