73 黄泉下り
そして夜になった。
「さあ、過ごしやすくなったところでキリキリ行きましょう!」
カレンさんが意気揚々と奮い立つ。
一眠りしたフルチャージで元気いっぱい。
それに対して僕とヨリシロは何とも微妙だった。
「? どうしたんですかお二人とも?」
「いえ……」「別に……」
ヨリシロが意味深なことを言うからだ。
『アナタがいない時代に、わたくしが犯した悪行を知ったら、きっとアナタはわたくしを嫌いになってしまうから』
あれ以来、僕とヨリシロの間には、すっかり微妙な空気が流れてしまっていた。
たしかに僕は、自分が封印されていた千六百年間のことを何も知らない。空白と言うにはあまりに長い期間だ。
何万、何億という人間が生まれては死にを繰り返してきたのだろう。
その途方もない時間を、彼女は一人で過ごしてきたのだ。人を超越した神として。
「……ここですね」
微妙な空気の中でもやるべきことはきっちりこなすヨリシロ。
光の針が指し示す地点は、まさに今僕らの足元だ。
「でも……」
「何もありませんよ?」
僕もカレンさんも周囲を見渡してみるが、あるのはただ砂ばかり。
都市どころか、その痕跡の欠片すら見当たらない。
「大丈夫です。……ハイネさん」
「ん?」
「お願いします」
それだけで何をすべきかわかってしまう自分が悲しい。
「ダークマター・セット」
呼び声と共に、我が手から巻き起こる暗黒物質。
その重力設定を反転、斥力を発生さえた上で地面に放つ。
物質を反発させる力によって、軽い砂が吹き飛ばされて散る。
そして、その下から現れたのは…………。
「おお……!?」
どう見ても人工物としか思えない何かだった。
「凄い! 何ですコレ?」
「石の……、板? 門? 蓋か?」
とにかく平べったくて大きい。材質は石で間違いないだろうが、表面に刻まれた細かい彫刻が、これが人によって作られたものだと雄弁に物語っている。
「こんなものが砂の中に埋まっていたなんて……!?」
しかしこれが何なのか、依然としてよくわからない。
この彫刻美しい石の板は、今いる僕ら三人が余裕で全員寝ころべるほどの面積で、しかも一番気になるところは、中心に一本真っ直ぐな溝が走っているということだった。
まず間違いなくここから観音開きに開く。
やっぱりこれは門だ。
地上から、地下へと続く何かを仕切る門。
問題はこれをどうやって開けるかだが……、と考えていると、おもむろにヨリシロが閉ざされた門に向かって手を差し出し、光の神気を流し込んだ。
表面に刻まれた彫刻に沿って、光の神気が縦横無尽に走り回る。
そして。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ! と。石の門はひとりでに開いていく。
「ッ!?」
「これって……!?」
僕もカレンさんも戸惑いに声も出ない。
開かれた石の門の先にあるのは、階段だった。それも地下へと続く階段。
「さ、参りましょう」
ヨリシロはスタスタと先へ行ってしまう。
僕らも慌てて後を追う。
この階段、どれくらい下まで続くのだろうか?
その内部はもはや地下で、夜であることも手伝って自分の手も見えないぐらい暗い。
「カレンさん、明りを」
「は、はい!」
ビクッとしてカレンさん、腰からシャランとした音を鳴らす。聖剣サンジョルジュを抜いたのか。
「光の神気を、少しだけ……」
すると聖剣サンジョルジュの刀身が眩しく輝き、階段通路を真昼のように鮮明に照らす。
光の神気も便利だな。
「おい……! おい、ヨリシロ!」
僕もエーテリアル動力のライトを持って、ズンズン降りるヨリシロを追いかける。
「お前、さっきからおかしくないか?」
「何がです?」
「何がって、ここまでの一連の流れ、淀みなさすぎだろう……!?」
砂を払いのけ、門を発見し、その門を開けて、先へ進む。
それら一つ一つを片付けていったのはヨリシロによるものだが、それに伴い彼女は一つの躊躇もなかった。
それはまるで……。
「最初から、すべてを知っていたかのように?」
「だから心を読むなって」
「そうかもしれませんわね。知っていればヨミノクニの位置も、何処から入るのかも、どうやって門を開けるのかも、わかっていて当り前ですわよね。……そして次に、何が起こるかも、わかりますわよね」
「!?」
いつの間にか階段が終わっていた。
そして僕たちが到達したのは、広間のように開けた大きなスペースだった。
しかもそこに……。
「誰か、いる?」
広間の中心に立つ、黒い影。
比喩ではない、本当に黒く、影としか言いようがないほどに輪郭がぼやけて、かろうじて人の形を保っている、そんな何かだ。
だが決してアレは人間じゃない。
「モンスターッ!?」
カレンさんも異常に気づいて臨戦態勢をとる。
しかし違う。アレはモンスターでもない。
モンスターは、神気を凝り固めて作った疑似生命。虚ろなるその存在からは魂の振動が感じられない。
でもあの影からは、たしかに感じるのだ。
空間を伝播して届く、魂の鳴動を。
「ワ、ワレは……」
影が、言葉を語った。
それだけでもやはりモンスターとは違う。しかし真に驚くべきは、その先に語られることだった。
「ワレは闇の神、エントロピーなり……」
 




