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72 美泉

「あらカレンさん、本当に白い肌をしておりますのね。しかも透き通っていて、まるで上品な白磁のようです」

「やだヨリシロ様、私の裸なんてマジマジ見ないでください。ヨリシロ様の方が体つきが整っていて、……その、凄く大きいです」


 本当に水浴び始めやがったコイツら……!


 ちゃぷちゃぷと跳ねる水音、小鳥の囀るような笑い声。

 それらすべてが、僕の耳から入ってさらに奥底を刺激して、クロミヤ=ハイネの男である部分が「生きねば」と叫ぶ。

 それと同時にクロミヤ=ハイネの人間である部分が「まだ慌てる時間じゃない」と諭す。

 欲望と理性の激しい葛藤。

 無論それは、彼女らが狙って引き起こしていることだ。


「ひゃっ!? ヨリシロ様、変なところつっつかないでください!?」

「いいではないですか、わたくしの体もアナタの体も、同じくハイネさん専用のご馳走なのです。互いに味見しておいた方が、己を見直すのに役立ちますわ」

「えっ? じゃあ私もヨリシロ様のことつっついていいんですか?」

「もちろんですとも、お好きなところをどうぞ」


 あああああぁぁぁぁぁぁいいいいいいぃぃぃぃぃえええええぇぇぇぇひゃわわわわわわッッッ!!

 本能の叫び。

 彼女らはわかってて言ってやがる。わざと僕に聞かせるつもりで、僕の理性を崩壊させる目的でキャッキャフフと戯れてやがる。

 たしかに僕は覗かないと言った。一緒に水浴びもしないとも言った。

 ゆえにこそ僕は、下手に彼女らの視界から消えたらどこかで覗いているという疑惑を消しきれなくなるため、あえて泉のほとりで泉から背を向けて、腰を重く座っているのだ。

 背を向けているから見えはしないが、しっかり聞こえる水音と嬌声。

 彼女らはわかっている。この声を聞かせ続ければ、いずれ僕の理性はひび割れて崩れ去り、その後に一匹の野獣が爆誕することを。


 この二人のタッグは恐ろしすぎる。

 双方あまりに行動的すぎる女性だが、カレンさんにしろヨリシロにしろ、単体であればもう少しブレーキのある娘たちなんだよ。

 周囲の目もあるし、元々賢い女性だから、恥じらいを失ったら元も子もないということも知っている。

 しかし、一人ではかかるブレーキが、二人になると途端に壊れる。

 一方が一歩踏み越えれば、もう一方が「ああ、そこまで行っていいんだ」と合点してさらに一歩踏み越える。それを見た元の一方が「ああ、そこまで行っていいんだ」の繰り返しで際限なく踏み込んでいく。

 気づけば越えちゃいけないラインは遥か後方。


 カレンさんとヨリシロ。

 実はけっこう似た者同士で、だからこそ合わせてはいけない混ぜるな危険タイプだ。


 そんな二人に挟まれて、陸の孤島と言うべき砂漠のオアシスで三人きり。

 誰か他人に遭遇する可能性は限りなくゼロ。諸般の事情から日中まったく身動きが取れない。

 何だこの一部の隙もない袋小路は!? 逃げ場がないではないか!?

 こんな状況で日暮れまで延々誘惑されたら、さすがに鋼の理性でも守り切れないぞ!?

 どうする、ハイネ!?

 どうする、僕の中の野獣!?


              *    *    *


 耐えきれました。

 二人の聖女の一方が、水浴びから上がった途端燃え尽きてしまわれたから。


「くー、くー、くー……」

「うふふ、よく寝ています」


 健やかに寝息を立てるカレンさんを。その寝顔を膝上に乗せて、ヨリシロが愉快そうに覗き込んでいる。


「はしゃぎ疲れたんでしょうね。昨夜は楽しみで眠れなかったって顔をしていました。水浴びの後でだるさが一気に来たんでしょう」

「助かった……! 危なかった……!!」


 カレンさんが眠ってくれたおかげで、攻勢がやんだから。

 もしあのまま続いていたら確実に理性が崩壊し、子供に見せられないようなことが起きていた!


「……カレンさんは、本当に愉快な子になりましたね。ハイネさんと出会ってから見違えるように変わりました」

「え? そうなの?」

「そうですよ、根っこの真面目さは今でも変わりませんが。勇者就任の頃はその真面目さの方が前面に出ていましたね。それがハイネさんと知り合ったのがきっかけで、随分はっちゃけるようになりました」

「悪かったね、勇者を堕落させる悪い男で」

「逆ですよ。アナタと出会う前のカレンさんは、気負っているというか、鯱張っているというか、とにかく余裕がありませんでした。志は高いのですが、そのために自分を犠牲にしているところがあって。そんな彼女から余計な力を抜いてくれたのがハイネさん、アナタですよ」

「それは、いいことなの?」

「いいことです。勇者補佐役として勇者のメンタルをきっちりケアしています。教主として褒めて差し上げましょう」


 冗談めかして言うヨリシロ。

 そう言えば故郷の村で出会った時のカレンさんは、今よりもどこか肩肘張った印象があったような気がする。

 それがなくなったのはただ打ち解けたからだと思っていたが、そうか、彼女が変わったのか。


「彼女とは、前々から友だちになれると思っていました」


 カレンさんの寝顔を覗き続けるヨリシロ。


「自分と似ている、ずっとそう思っていたんですよ。同じ人を好きになりましたから、予感は当たりですね。おかげですっかり仲良くなれました。でも……」

「ん?」

「ハイネさんは、きっとカレンさんの方を選ぶんでしょうね」


 ヨリシロが意外なことを言いだした。

 それはつまり、僕がヨリシロではなくカレンさんと恋人になるということか?


「どうしたいきなり? お前らしくもないことを言って」

「いえ、だって……。わたくしとアナタには因縁がありますから。たとえ人の器に入っても、かつて自分を封印した女なんか娶れないでしょう?」


 千六百年前の神代の戦い。

 闇の神エントロピーであった僕と、光の女神インフレーションだったヨリシロとの戦い。

 その戦いで僕は彼女に敗れ、永きに渡って封じられた。


「なんだ、僕が恨んでいるとでも思ってるのか?」

「え?」

「あれからどれだけ経ったと思っているんだよ。千六百年だろ。昔すぎるわ。昨日の恨みだって忘れずにいるのは難しいのに、一年以上も憎悪を途切れさせないなんてしんどすぎるよ」

「でも……、彼らは……」

「ノヴァやコアセルベートをぶっ飛ばしたのは、今あの時アイツらにムカついたからだ。昔と変わらず外道なら、忘れてた恨みも思い出す、だろう?」


 でも、コイツは違う。

 ヨリシロとして今目の前にいる光の女神インフレーションは。


「少なくとも僕は、同じ神として光の女神インフレーションを好いている。協力して世界を創った仲だ。嫌いじゃないさ」

「ハイネ……、ハイネさん……!」

「ただそれは、闇の神エントロピーとして光の女神インフレーションをってことでな。人間ハイネとしてヨリシロを好きかってことは、またゼロベースから……、うおッ!?」


 横目に見てビックリした。

 ヨリシロが泣いているのだ。静かに。しかしたしかな筋となるほどの涙を、両眼からこぼす。


「なんだよ……! 何も泣くことはないだろ……!」

「泣かせるようなことを言わせるハイネさんが悪いんです。千六百年分の肩の荷が下りた様な気分」


 それで嬉し泣きかよ。

 思ったよりしおらしいところがあるんだな。


「でも、だからこそ悲しいんです。泣きたくなるほどに」

「え?」

「アナタがいない時代に、わたくしが犯した悪行を知ったら、きっとアナタはわたくしを嫌いになってしまうから」

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