71 オアシスにて
こうしてやって来ました。
これまで僕らが訪れた場所の中でもダントツに過酷な場所、『無名の砂漠』。
本当に見渡すばかり砂だけだ。目印になるものが何もないので方向感覚も狂うし、白い砂が太陽光を照り返してやたら暑い。
小型飛空機に乗っているからこそ、ここまで来るのも、この中を動き回るのも迅速だが、もしそうでなければ相当しんどい旅になっていたはずだ。
「ハイネさん、ハイネさーーん!」
小型飛空機で並走しているカレンさんが、僕の方へ呼びかける。
「ヨリシロ様が、ヨリシロ様が瀕死です!」
一人しんどい子がいた。
見てみると、小型飛空機の後部席でカレンさんお腰にしがみつくヨリシロが、暑さと日光の眩しさで生命力を削り取られていた。
夏場の犬みたいに舌を出してゼェゼェ言っている。
「ああもう、日頃大聖堂にこもりきりなのに、いきなり遠出するから……」
しかも場所柄は難易度MAX。
この分じゃ程なくヨリシロの生命力は尽きるが、……困ったな、休ませようにも周りは砂以外何もなく、落ち着ける場所などどこにもない。
「…………」
ヨリシロが無言のまま、手の中にあるコンパスを目の前に掲げた。その針が俄かにクルクル回り、決まった方向を指し示す。
「………………オアシス」
「えっ?」
どうやらそれ以上喋る気力がないらしい。
彼女がもっているのは、込められた光の神力で探しているものを指し示す『導きの針』。
今まで闇都ヨミノクニを探すのに使っていたそれを、標的をオアシス――、つまり砂漠の中の水場に切り替えたんだろう。
小賢しいヤツ。そして便利なアイテムだ。
「ハイネさん、とにかくオアシスを目指しましょう。このままじゃヨリシロ様が干からびてしまいます」
「そうですね。光の教主が熱中死とかシャレになりませんし……」
そして僕とカレンさんはオアシスに向けて小型飛空機を飛ばす。
ちなみにだが、今飛んでいる飛空機は、カレンさんとヨリシロが二人乗りしているものと、僕が乗っているものとで計二機だ。
なんとこのたび、僕も専用の小型飛空機に乗ることができました。
今回の旅に出発する際、ヨリシロが教主としてのポケットマネーから用意したものだった。
彼女は気軽に「あげます」とか言ってきたけど、さすがに断った。
何故ならこの小型飛空機、実際に購入してみようとすると凄まじい値段になることがわかったからだ。
僕も騎士団に入り、勇者補佐役を拝命してそこそこいい給金を貰えるようになったが、その給料を丸々半年分はつぎ込まないと小型飛空機は買えない。しかもそれが最低ラインだ。
同じ値段の半分以下で、アポロンシティの割といい土地に家を建てられる。
給金の一部を、故郷の両親に仕送りしようと思っていたところだから、その値段設定は余計にショッキングだった。
そんなこんなで購入を諦めていた贅沢品を気軽に「あげます」とか言われても、もらったら後が怖すぎる。
そんなわけで今僕が乗るコイツはあくまで光の教団から借り受けたものという形で、公用でだけ使わせてもらうことにしよう。
いきなり私用で使っちゃってるけど、勇者と教主のボディガードのために使っていると思えば私用とばかりも言えない! 多分。
もし本当にヨミノクニがあったら世界的大発見になるし、それを思えば私用とも言えない! 多分。
そうやって自分に言い訳しているうちに、白い砂漠のど真ん中にポツンと固まる緑を発見。
本当にあったよオアシスが。
* * *
砂漠の中に水が湧き、それを元にして緑生い茂るという不思議な場所オアシス。
水の気化熱と、草木が影を作ってくれることで格段に涼しい。
そこで小一時間ほど休憩して、ヨリシロはやっと生気を取り戻した。
「生き返りました……! 自然の恵み最高です……!」
結局人は自然を支配などできないのだよ。神もな。
「でも、助かったのはヨリシロ様だけじゃないですよ。キツいのは私も同じでしたし」
カレンさんが顔いっぱいの汗を拭いながら言う。
たしかにそれは僕も同じだ。
ヨリシロよりは戦闘型でタフな僕たちだが、だからといって過酷な環境にまったく平気でいられるわけでもない。
長く砂漠を彷徨えば熱射病、熱中症の危険も充分にある。
「やはり昼間の砂漠を動き回るのは無謀すぎますね。このオアシスで休みながら、夜になるのを待ちましょう」
と、僕が言うと……。
「日が落ちて気温が下がってからヨミノクニ探索再開ですね。……じゃあ、今のウチにしておきたいことがあるんですが」
なんだ? カレンさんが急にモジモジしだしたぞ?
「水浴びです」
「わかります」
グロッキーだったヨリシロが食いついてきた。
「暑くて体中汗まみれで、下着までぐっしょりですもの。その上服の中に砂も入って、洗わないと気持ち悪くて仕方ありません」
「それでちょうどいいことにオアシスですから、泉もありますし。……でもホラ、水浴びをするからには、服を脱いで、裸になるわけじゃないですか?」
そこまで聞いて、彼女たちの真意がわかった。たしかに男の目は気になるよね。
「ハイネさん」
「はい」
「覗いてくださいね?」
「わかりまし……、えッ!?」
あやうくYESと言いかけたよ。
「待ってくださいカレンさん? そこは『覗かないでくださいね』じゃないんですか?」
「普通ならばそうです。でも私はハイネさんのことが好きです。だからむしろ覗いてくれないと困ります」
告白してからどんどん攻めっ気が昂ってるな、この娘!?
「わかりますカレンさん。意中の殿方が雄として、自分のことを雌と見てくれているか? 乙女にとっては死活問題ですものね。と言うわけでハイネさん、わたくしも水浴びしますので、遠慮なく覗いてくださいまし」
「するよ! 遠慮するよ!」
僕は人間クロミヤ=ハイネ。そして人間と動物を分ける境界は理性の有無だ。
だから僕は理性を尊ぶ。いついかなる時も。
「どうしても覗いてくれないんですの?」
「の、覗きません……! 親しき中にも礼儀あり、ですので……!」
頑なな僕。
これで二人とも諦めてくれればいいが……。
「仕方ありませんわカレンさん。ハイネさんは、隠れて覗き見するような卑劣漢ではないですものね」
「そうですねヨリシロ様。ハイネさんは隠れてコソコソする卑怯者じゃなりません。つまり、堂々と一緒に水浴びするんですね!?」
「おおぉいッ!?」
何故さらに大きく踏み込んだ!?
「あの、ハイネさん! 私、すべての勇気を振り絞ってご一緒させていただきますので、お願いします!」
「その勇気いらない! 勇者はモンスターに立ち向かうのに勇気使って!」
カレンさんを説得しようとすると、さらにヨリシロが加わる。
「ハイネさん。闘者の勇気と、女の子の勇気は別物なのですよ。かく言うわたくしもホラ、膝が震えています。でも正式にハイネさんの女となるために、恐れに打ち勝ちます!」
「お前も教徒を導くために恐れに打ち勝てよ!」
二人を説得するのに、砂漠をうろつく以上の体力を消耗した。




