69 闇の都
どういうことだ!?
僕を――、闇の神エントロピーを崇拝していた人間がいただって!?
そんなの僕は知らないぞ。崇拝されていた当人(?)が知らないって、そんなことありえるのか?
「カレンさん、詳しくお願いします」
ヨリシロから促されて、カレンさんは続ける。
「闇都ヨミノクニ……。闇の神エントロピー様を崇拝する人たちで築かれた都市らしいです。歴史書や地学書にはまったく記述が見られないんですが、ある昔の人との詩集から、その名前が出てきました」
カレンさんが例のノートをパラパラめくると、彼女が書き写したらしい詩の全文が出てきた。
その詩は、要約すれば闇の神を讃える悪しき人々が、その街ごと滅ぼされた。という内容だった。
詩はその様を、善の勝利、悪の敗北として煌びやかに歌い上げていたが、出来からすれば稚拙な駄詩と言ってよかった。書庫の片隅に埋もれているのが頷ける、というレベルの。
「詩か……。歴史書に比べれば信頼性は低いですが」
「そうですね、裏付けるものがない以上、この作者さんの空想で書かれたものという可能性も捨てきれません。……それに私、この詩がちょっと怖いんです」
「怖い?」
「だってこの詩は、闇の神様を、人を惑わす邪神であるかのように書いてます。もしエントロピー様が、本当にそんな悪い神様だったら、…………凄く嫌です」
カレンさんは心から悲しそうな顔で言った。
僕は声をかけづらかった。エントロピーが真に善神であるか悪神であるか、当事者である僕には判断しようがないし。この詩の作者や、作中で語られる闇の都市の人々にも何かした覚えは一切ない。
何もできるはずがない。その間僕は封印されていたんだから。
詩の本文にも、明確に書かれた固有名詞はヨミノクニなる都市名だけで、闇の神エントロピーの呼称が出てくる箇所は一切見受けられない。
『闇の支配者』とか『黒き化身』とか、そう思わせる曖昧な暗喩があるだけだ。
やはりこの詩は、作者が空想なり妄想なりで書き上げた描写が、たまたま僕の特徴と一致した。偶然であると考えるのが一番自然な……。
「では、たしかめに参りましょう」
……と結論が出かけた時に、とんでもないことを言い出す輩がいた。
「ヨリシロ?」「ヨリシロ様!?」
ちょっとの間黙っていたと思ったら、その分とんでもない爆弾発言をしたものだ。
「たしかめに、って、どこに!?」
「もちろん闇都ヨミノクニへ、です。あらゆる疑問は、そこに行けば多くを解き明かすことができましょう」
「ですがヨリシロ様……!」
こればかりはカレンさんも、素直に頷けない。
「ヨミノクニは、今のところ実在したかどうかもわからない謎の都市なんですよ! もし仮にあるとしても、詩に書かれている通りなら滅びて今は廃墟でしょうし、そもそも何処にあるかわかりません! 探そうにも手掛かりがないですし……!」
「その点なら心配御無用……」
ヨリシロは、携帯していたポシェットからあるものを取り出した。それは小さな方位磁針――、コンパスのようなものだった。
「これは光の教団教主に代々伝えられる秘法の一つ、『導きの針』です」
「『導きの針』!?」
「この針は、カレンさん、アナタに授けた聖剣サンジョルジュと同じ材質で出来ています。この針に光の神力を込めて、探し求めるものの姿を思い浮かべれば、それがある方向を指し示すのです」
「凄い! じゃあ、この針に神力を込めて、ヨミノクニをイメージすれば……!?」
この針の差す方向に、ヨミノクニがあるということか。
凄い便利アイテムじゃないか。都合がよすぎるほどの。
「ですが、探し求める対象がずっと遠くにあったり、イメージが曖昧だったりすると、針は上手く行く先を指し示せません。それを探すためにはより多くの光の神力を注ぎ込まねばなりません。世界中のどこにあるかわからない。見たこともない街を探すには、カレンさん、アナタの神力をすべて込めても足りないでしょう」
「あ……」
世の中、早々上手くはいかないということか。
せっかく開きかけた道がすぐに閉ざされ、カレンさんの顔が曇る。
「ですから、わたくしも行きます」
「ヨリシロ様!?」
「アナタとわたくし、二人の光の神力を合わせれば世界中をカバーするにも足りるでしょう。カレンさん、この秘宝とわたくしの神力をお貸しするのを条件に、闇都ヨミノクニを探す旅、同行させていただきませんか?」
「もちろんです! ありがとうございます! ヨリシロ様、なんてお優しいんですか!」
「うふふ、わたくしたちはもうハイネさんを愛する仲間同士じゃないですか。助け合うのは当たり前です」
両手を握り合って、上下にブンブンと振る、自称僕を愛する仲間同士。
イヤ、でもちょっと待って。それって勇者と教主が揃って光の教団本部を空けるってことじゃ……?
「不安があるようですねハイネさん?」
「心を読むな」
「大丈夫です。こういう時のために日頃真面目に働いて残務はゼロに保ってありますので。あとは留守中、枢機卿を死ぬ気で働かせれば問題ないでしょう」
「他人の生命力を犠牲にしないで!」
「あの方たちは普段から働いていないのでちょうどいいのです」
ちょっと黒いヨリシロが出た。
「私の方も大丈夫です。ハイドラヴィレッジ行きと同じように、小型飛空機さえあればいつでも有事に対応できます! これで決まりです、行きましょうハイネさん!」
「え?」
「えっ?」
虚を突かれた表情でカレンさんを見返すと、心底不思議そうな表情のカレンさんからさらに見返された。
……………………………………イヤ、うん、わかっていますよ。
僕がついて行かないわけには行きませんよね。一応勇者補佐役だし。
それに闇の神の転生者としても、この件は不審だ。崇められた覚えのないのに、かつてあったという闇の崇拝都市。もしそんなものが本当にあるなら、その正体が何なのかきっちりたしかめなければ。
そして何より、僕への好意が異常値に達してきたこの二人を組ませて野放しにはできない!




