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66 聖女二人

 まったく想定していなかった状況に、僕は追い込まれている。

 どうしてこうなった? としか思えない。


 かたや、世界有数の大教団を総べる女教主。しかも中身は女神。

 かたや、同じく大教団を代表する女勇者。


 その両方からいっぺんに告白された。どうしていいのかわからない。

 そもそもこのクロミヤ=ハイネ。同年代の女性から恋愛的好意を告げられたことなど、生まれてこのかた一度もない。

 僕の生まれた田舎村は、けっこう過疎っていたし。その上に父さんの猟師の仕事を手伝って森に入ることが多かったから、同年代と接する機会は、そんなに多くなかった。

 自然女の子と話なんてほとんどしなかった。

 たまに猟師という職業柄、「山菜摘みに行きたい」という女の子に頼まれて、案内兼護衛役として同行したり。そのお礼で「山菜料理をご馳走するわ」と言われて女の子の家にお呼ばれしたり。そのついでに「もう遅いから泊まっていったら?」と言われたり………………。

 ……ゴメン、やっぱり告られたことあったかもしれない。


 でもここまで直接的に言われたのは初めてだ。

 しかも二人同時。


 たしかに僕は闇の神エントロピーの転生者で、核心は神。神たるものはすべての感情を超越し、恋愛などに揺るがない。

 が、今の僕は、神の魂が入っているが紛れもなく人間なのだ。

 人間である以上は肉の器をもち、肉体がある以上は、それが求める本能なり欲望なりに無関係ではいられない。


 生きたい。死にたくない。腹が減った。寒い。暑い。眠い。セックスしたい。人を愛したい。人から愛されたい。愛する人を幸せにしてあげたい。自分の居場所が欲しい。家族が欲しい。孤独になりたくない。誰かを愛したい。愛したい。愛したい。愛したい!!


 ……という感情は、心からも来るが、肉体からも発生する。

 だから闇の神エントロピーとしては取るに足らない問題でも、人間クロミヤ=ハイネとしては大問題なのだ。

 それが今!!


「さあ、ハイネさん?」

「どっちと恋人になってくれるんです?」


 二人の美女がネコ科の猛獣的眼光で迫ってくる。

 これ、どっちか選ばなきゃいけないの?

 それはそれでとても荷が重いというか。選ばれなかった人のことを考えるととても心苦しいし。

 色々考えて、ついに僕は膝を折った。


「あの……、すみません。今すぐ答えないとダメでしょうか?」


 と涙ながらに訴えたのである。

 その姿が余程無様だったのだろう。二人から気迫がフッと消えた。


「もう、ハイネさんてば。そんな泣きながら言わなくたっていいじゃないですか」

「結論を急ぎすぎたようですね。大事なことです。時間をかけて答えを出していただいた方がいいでしょう。いいですね、カレンさん?」

「もちろんですヨリシロ様。正々堂々競い合いましょう!」


 と言って固い握手を交わす烈女二人。

 二人とも根はいい子なので、普通ならドロドロのはずの恋の鞘当てまで爽やかだ。


 ともかくこれは……、助かったのか?


「ですがハイネさんに、一つだけ言いたいことがあります」

「はいッ!?」


 と思ったらヨリシロから、さらなる追撃が。

 今度は一体何なんです?


「両方とも選ぶというのもアリです」


「「ええぇーーーーーーーーーーッッ!?」」


 これにはカレンさんまで僕と一緒に大驚愕。

 どっちも選んでいい? どういうこと?


「つまり、こういうことです」


 ヨリシロは楽しそうにつかつか歩くと、脇にあった本棚へと歩み寄った。

 そう言えばここ図書館だった。

 ヨリシロは、本棚の中から一冊の本を選んで、抜き取る。その本のタイトルに、カレンさんが注目した。


「……それ、私たち光の教団の教典じゃないですか」

「教典?」

「光の教団が崇める光の女神インフレーション様の神話や、教団初期の歴史。他に光の教団教徒が守るべき戒律や、過去の教主様たちが説かれた教訓などがつづられた本です。私たち光の教団の教徒にとって、もっとも神聖な書物で。ここアポロンシティになら必ず一家庭に一冊はあります」

「えっ、僕持ってないですけど?」


 つい最近入信したばかりの俄か信徒だしな。

 僕らがゴチャゴチャ話しているにもかかわらず、ヨリシロは無視して教典とやらのページをパラパラめくる。

 わかりきってはいたが、超マイペースなヤツだ。


「……カレンさん。アナタは教典内の戒律の項。諳んじることができますか?」

「えッ!? ええと……?」


 カレンさんはしばらく戸惑いながら、やがて項垂れて。


「すみません、できません……!」

「いいんです。光の教典を全暗記なんて、今どき教団上層部でもできる人は一人もいません。……で、重要なのはここです」

「え?」「え?」


 ヨリシロが示した教典内の一文に、僕もカレンさんも注目した。

 そこは戒律の項という、光の教団の信徒が守るべき戒めや規則が書かれたページだ。

 そこにこう書いてあった。



『教主の夫となる者は、一夫多妻を可とする』



「おいッッッ!!!!」


 さすがにこれにはツッコんだ。


「……おい、この一節、教典に盛り込んだのお前だろ? お前が職権濫用しただろ?」

「イヤですわハイネさん。たとえ教主と言えども、教団の根幹ともいえる教典をおいそれと改稿できません」

「えっ? じゃあ……?」


 困惑する僕に、ヨリシロは小声で告げた。


(……教団が設立された際に、神託で盛り込むように命令しました)

「やっぱりお前が犯人なんじゃねーか!!」


 職権濫用でも、教主としてじゃなく神としてか!

 とんでもない神がいたもんだ!

 ……ん? 待て? するとヨリシロというか光の女神インフレーションは、そんなに前からこうなることを予想して……。


「アナタのすることは予測済み……。という先ほどの言葉、お返しいたしますわ」

「おおう……!」


 ではヨリシロは、何百年も前から僕が復活し、人間に転生することを予測して準備してきたというのか?

 僕との人間生活を心行くまで楽しむために?


「そういうわけで、この戒律に従うならば。わたくしとカレンさん、両方いっぺんに愛してもらうことも可能です」

「両方、いっぺんに……?」


 その言葉を繰り返して陶然とするカレンさん。


「どうですカレンさん? 無論アナタが、ハイネさんを独占したいというのであれば、わたくしも正々堂々と戦う他ないですが……」

「ヨリシロ様!」


 カレンさんが、ヨリシロの両手をガッと掴んだ。


「我が教主!」


 カレンさんが堕ちた。

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