65 図書館戦争
僕が補佐役を務める光の勇者カレンさん。ヨリシロが光の教団の頂点だとすれば、カレンさんはまさに光の教団の顔。
双方、教団に欠かすことのできない聖女二人が、期せずしてここに会する。
「カレンさん……!? なんで……!?」
「なんででしょう? 本当に奇遇ですね。ふふふふ……!!」
口だけで笑うカレンさんの瞳が真実笑っていなかった。
凍てつくようなコールドアイで真っ向から見詰めてくる。
「私だって勇者の仕事がお休みの日もあります。そんな日に公共の施設に来て何が悪いんです?」
「あ……、それでカレンさん今日は私服なんですね? 初めて見たけど可愛いなあ」
「ありがとうございます。でも、そう言うハイネさんこそ随分可愛い女性を連れじゃないですか?」
カレンさんの視線がさらに冷気を増して、寒さが記録的なものに達して凍えてしまいそうだ!
なんで街中で偶然出会っただけで、そんなに怖いんですかカレンさん!?
「それからヨリシロ様も、ごきげんようです」
「あら、バレていましたか?」
「他の人ならともかく、私は日常ヨリシロ様への謁見が多いですから。ヴェールを外されても声や気配でわかります」
ヨリシロは椅子からスクッと立ち上がり直立不動の体勢からカレンさんと睨み合う。
カレンさんは最初から直立不動だ。
ビギビギビギビギ……!
聞こえるはずのない空気のひび割れる音が、僕の耳に飛び込む!?
「一つ、ご質問してよろしいでしょうか教主様?」
「なんなりと」
「こんなところでハイネさんと二人で何をされているんですか? ハイネさんは今日も騎士団のお仕事はあるはず」
「あら、よくご存じですのね我が勇者?」
「ハイネさんは、私の補佐役ですから。それよりも質問に答えてください。お二人はここで何をされてるんですか?」
「デートです」
「ッ!?」
あまりにもハッキリ言うからだろうか、カレンさんは二の句が継げず固まってしまった。
「デートです。男女が二人きりで外で遊ぶ行為のことです。もちろん知人友人としてではありません。異性として意識し合っていなければデートにはなりませんので。ちなみにハイネさんの今日の出勤は強制的に有給に変えました。わたくしの権限で」
「あのっ……!? で、ではお二人は……!?」
何でそんな立て続けに断定的なのヨリシロさん?
あまりの言い切りっぷりにカレンさんも呆気に取られているではないか。
「しかし誤解なさらないでください」
「えっ?」
「今日のデートは、いわばハイネさんからわたくしへの報酬、というべきものです。ハイネさんは、わたくしに借りを作りました。アナタを助けるために」
「私を……!?」
そう言われてますます混乱するカレンさん。
ヨリシロもさすがにすべてを包み隠さず言うことはしないだろうが、言わなくてもいいことまで言いやしないかとドキドキする。
「その借りを返すために、ハイネさんはわたくしとご一緒してくれているのです。ですからカレンさん、アナタは嫉妬などする必要はありません。むしろ喜ぶべきです。ハイネさんはアナタのためにそこまでしてくれているのだと」
そんなこと言われても、肝心なところが色々ぼやけているのに納得などできる筈もなかろうカレンさん。
これはあとで誤魔化すのが大変だろうなあ、と思っていたら……。
「ですが、そんなこととは関わりなく、わたくしはハイネさんを愛しています」
ヨリシロの一言がすべてを吹き飛ばした。煩わしいあれやこれやのすべてを吹き飛ばしたのだ。
「はあッ!?」
「はああッ!?」
カレンさんも僕もあまりの爆弾発言に絶叫するしかない。
「ウソ偽りはありません。わたくしは一人の女性として、ハイネさんという男性を愛しています。たとえ借りを返すための義理立てだったとしても、今日一日ハイネさんと過ごせてわたくしは、とても嬉しい。わたくしはいつか、本心からハイネさんと愛し合える間柄になりたいと思っています。そのためにできることは迷わず実行いたします」
何言ってるの!? 何言っちゃってるのヨリシロ!?
何故このタイミングで、この場所で、この人を相手に凄まじいカミングアウトしているの!?
明日からカレンさんと、どんな顔で接していけばいいかわからない! ヒトの人間関係を片っ端から破壊していく気か!?
「………………ッ!!」
発言の凄まじさを受け止めきれないからだろう、カレンさんは真っ赤になって顔を伏せる。
ここは僕が何かしらフォローした方がいいかなあ、と口を挟もうとした瞬間……。
「……では、私も教主様に言いたいことがあります!」
「なんでしょう?」
「私もハイネさんが好きですッ!!」
なんかカレンさんも告白しだした!?
ヨリシロはともかく、カレンさんも!?
僕はただただ驚くしかない。
「最初に会った時から一目惚れでした。……いえ、それでもハイネさんをスカウトした当初は、頼れる仲間、志を同じくできる人として惚れ込んだというべきでした。でも、一緒に過ごして戦っていくうちに、どんどん惹かれていって。仲間や同志以上の親愛が芽生えて、自分が女であることを意識するようになっていきました」
「素晴らしいですわカレンさん」
「だからこの際ハッキリ言います。教主様、いいえヨリシロ様。アナタとハイネさんがデートするなんて、とても不愉快です! それが私のためなんて言われてもちっとも嬉しくありません! ハイネさんは! 私の恋人になるんです!!」
僕は正直、状況についていけない。
何か二人の女性が、一人の男を巡って激しく対立している。そしてその一人の男性というのが、どうやら僕らしい。
それは理解できる。しかし、世の中には理解できてもしたくないという状況があるらしい。今日初めて知った。
「見事な告白です。さすが我が勇者と言っておきましょう」
「アナタこそヨリシロ様。私よりハイネさんと接する機会は少ないはずなのに、いつの間にかデートまで漕ぎつけてたなんて。その辣腕、さすが我が教主と言っておきます」
「うふふ」
「ふふふ」
女が怖い。
さて、この状況で僕はどう動くべきなのだろうか?
ただ本能に従うとすれば、何も見なかったことにして、ここから一目散に退去するのがいい。
と言うかそうしたい。そうしよう。
僕の心が決まって音もなく後退しようとすると……。
「「ハイネさん」」
「……はい」
あっさり見咎められた。
「この際ですからハイネさんの意見も聞いてみましょう」
「そうですね、まったくです。ハイネさん。私とヨリシロ様」
「「どっちを恋人にしたいですか?」」




