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62 ご褒美になる闇の神

 犠牲になったのだ。

 勝利と成功、そしてムカつくヤツをぶっ飛ばすために支払う代償。そのための犠牲に。


「ハイネさん」

「はい」

「大好きです」

「……はい」


 ここは光の教団本部。教主ヨリシロの私室。もしくは、そう書いて虎口と読む。


「ハーイーネー、さーん」

「はい」

「愛してまーす」

「…………はい」


 何が起きているのかというと、室内にあるソファに僕が座らされて、その上から教主ヨリシロが掛布団よろしく僕の体に覆いかぶさって、頬ずりしつつ、僕の胸板に『の』の字を何度も何度も書き重ねている。

 彼女は心底幸せそうだ。

 僕はそれをはねのけることはできないし、抵抗もできない。

 何故ならそういう約束だからだ。


 先日の、水都ハイドラヴィレッジで起こったモンスター大海戦。その黒幕である水の神コアセルベートを出し抜くために、僕はある奇計を弄した。

 闇のモンスターを作り、助っ人にしたのだ。

 強力な味方を得たおかげで勇者たちは、八つ首の大海竜を見事討伐することができた。


 で。

 そのモンスターを作るために何をしなければならなかったか、というと。作り方を教わるところから、である。

 モンスターは神が作り出す。

 これは隠された世界の秘密だが、真実だ。

 僕ことクロミヤ=ハイネもまた、今は人間であるが、その実は闇の神エントロピーの転生者。

 モンスターを作り出す資格はあることはあるが、いかんせん千六百年も封印されていたことで世事にも疎く、モンスターの製造法など知らない始末。


 そこで緊急的に頼ったのがコイツ。

 光の教団教主ヨリシロ。

 もしくは光の女神インフレーションの転生者とも言う。

 僕と違って千六百年間バリバリ現役の神様なので、知ってるだろうと当たってみれば大当たり。

 先日の勝利は、彼女からもたらされた情報によるところが大! というわけだが、そのために支払う代償もまた大きかった。


 そもそもこの女が、ただでモノを教えるとか殊勝なことをするわけがないのだ。

 モンスター製造法と引き換えに彼女が出した条件とは……。


 僕のことを一日自由にする権利。


 ……だった。

 足元を見るとはこのことである。

 そんなわけで今僕は、その一日を務めあげている真っ最中なのだ。


「ハイネさーん。ハイネさんも好きって言ってください」

「す、好きだよ?」

「わたくしもです。うふふ……」


 心底嬉しそうだこの女。

 早朝夜が明けると同時に僕を部屋に呼びつけてからずっとこの調子。まあ、一日自由権ということで、夜中日付けが変わる瞬間からスタートするのを何とか押しとどめただけでもマシだったが。


「ハイネさーん」

「はいはい、何?」

「結婚してください」

「それはダメ」

「えーッ!?」


 ヨリシロは不機嫌そうに、僕のことを睨み付ける。


「約束が違うじゃないですかハイネさん! 今日一日何でもわたくしのお願いを聞いてくれるんでしょう!?」

「そっちこそ約束しただろ。その要求を呑むにあたって出した条件。あくまでお願いを聞くのは今日一日だけ。よって翌日以降に尾を引くようなお願いは無効と」


 そうでもなければコイツ相手に、こんな恐ろしい要求飲めるか。

 聞けるお願いは今日一日で完遂できることのみ。

 どう考えても完遂するのに一日以上の時間を要するお願いはNG。明日以降まで拘束力が発生してしまうようなお願いもNG。

 結婚なんて一生を左右する問題は、当然アウトの範疇だ。


「ぶー、ハイネさんの意地悪。……で、でしたらその、男女のまぐわいなどを……!!」


 女の子の方からなんてことを言い出すんだ。


「それもダメ。もし子供ができたら一生以上に尾を引くわ」

「ハイネさんのケチ! アレもダメこれもダメ! 全然お願い聞いてくれないじゃないですかウソつき!」

「条件を守ってないのはそっちだろう? どうしてもって言うならルール違反で約束そのものを破棄したっていいんだぞ?」

「ごめんなさい。調子に乗りました。このままでいてください」

「必死!?」


 本当によくわからん女だ。

 千六百年前からそうだったが、何を考えているのかまったく読めず、掴みどころがまったくない。


「もう……。あっ、そうだ。でしたらついでに質問したいことがあったんですけど……」

「一番誰が好きなのかとか、そういう系はナシだぞ?」

「そんなに警戒しないでくださいよ。もう。……コアセルベートさんのことです。アレでよかったんですか?」

「ああ」


 水の神コアセルベート。

 前回の事件の黒幕で、主犯だ。

 神でありながら、人間への擬態能力を持ったモンスターに転生し、老いることも病むこともなく長い期間人間たちを裏から操ってきた。

 僕はヤツのその体を、暗黒物質で塵も残さず消滅させたんだが。


「あの方は神です。肉体を滅ぼされても魂は天上に戻り、痛くもかゆくもありません。どうせ倒すならノヴァさんのように、肉体に魂を入れたまま拘束してしまった方がよかったんじゃないですか?」


 たしかにヨリシロの言う通りだ。あの時はコアセルベートへのムカつきが頂点に立ってテンションのままにブチ殺してしまったからな。

 冷静さを欠いていたのは認めざるをえない。


「しかし相手は奸智の神だ。単細胞のノヴァほど簡単にはいくまい。アイツが使っていた体そのものも擬態用のいやらしいヤツだし、よほどうまく拘束しなきゃ即座に逃げられるだろう」

「ならば瞬殺して、現在進行中の彼の悪巧みだけでも潰しておくのが得策。というわけですか。コアセルベートさん、今頃天上で悔しがっていることでしょうね」


 そう、アイツが企んでいたのが海上ライブの八百長だけ、なんて誰も言っていないのだ。現在進行形でもっとたくさん、もっとタチの悪い計画を同時進行していた可能性もある。

 事実僕は、アイツを倒してからハイドラヴィレッジ滞在中の短い間に、アイツが水の教団に遺していった不審の種を、できうる限り潰してきた。


「しかし、お前もそういうの気にするんだな。やっぱり同じ神として仲間意識あるの?」

「やめてください。あの方とはアナタを封じた戦い以来、ほとんど口をきいておりません」


 うわー。

 どんだけ嫌われているんだアイツ?


「それよりも、今日はヨリシロの体に転生してから一番幸福な日です。あんな姑息な方のことなど忘れて楽しまないと。……それでハイネさん、次のお願いです」

「はいはい、ちゃんと今日中に終るヤツね?」


 もちろん大丈夫です、とヨリシロは自信満々に言った。


「デートしましょう」

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