61 ご褒美になる勇者
「カレンさーん、呼びましたー?」
僕が訪問したのは水の教団本部ゲストルームの一つ。
光の勇者カレンさん用にあてがわれた部屋だ。カレンさんは数日ここで寝起きをしているので、いるならここだろうと訪問してみたが……。
おかしいな、彼女の姿は見当たらない。
でも人の気配はする。
「ハイネさん! 来てくれましたか……!」
やっぱりいたのかカレンさん。
でもどこにいるんだ? 姿がまったく見えないが?
「ミラクたちに言われて来たんですけど、取り込み中ですか? もしそうなら出直しますけど……」
姿が見えない理由をそう推測するが、違うようだ。
「いいえ、ハイネさんを待っていたんです。どこか適当に座ってください」
「はあ? まあ……」
「できれば、クローゼットの前に……」
クローゼット?
「ま、まずはハイネさん、今回もありがとうございます。またたくさん助けられてしまいました……」
「僕は今回活躍してないですよ。ついさっきも、サボりの罰でミラクに絞められたところですし……」
「いいえ、ミラクちゃんもわかってます。きっとそれは照れ隠しですよ」
照れ隠しで背骨破壊されかけたのか。
そこで一旦会話が途切れ、少し沈黙が流れた。そして次に会話を再スタートさせたのは、カレンさんからだった。
「…………………………………………ハイネさんですよね?」
「え? 何が?」
「あの、黒い巨人のことです」
ああ。
カレンさんたちが大海竜ヒュドラサーペントと戦うのに、その助けとするため僕が生み出した闇属性モンスターのことか。
僕自身はコアセルベートを牽制しなければいけなかったため、苦し紛れでとった苦肉の手段。
カレンさんは僕が闇属性の能力使いだとは知っているが、モンスターを生みだすのはまさしく神だけの所業だ。
素直にハイとは答えられない。
結局あの黒巨人は、カレンさんたち勇者勢だけでなく多くの人が目撃することとなったが、大いなる戸惑いの種になっただけで、勇者たちの奮闘ほどには話題には上らなかった。
それもそうだ。『モンスターは人間を襲うもの』。それは『勇者は人々を守るもの』以上に絶対的な価値観だ。
その常識を覆して人間を守るモンスターなど、この目で見ても俄かに信じられるものではない。
そんなわけでマスコミも扱いかねてスルーし、記事にも載っていなかった。
「いいんです、答えてくれなくて。でも大海原で黒い巨人さんと一緒に戦っている時、まるでハイネさんと一緒に戦っているような感じがしました。あんなに危ない状況なのに、とても安心できて」
「カレンさん……」
「ミラクちゃんも同じだったと思います。だからお礼が言いたいんです。ありがとうって」
カレンさんは相変わらず姿を見せてくれないが、気持ちは充分に伝わってきた。
感謝、親愛、好意。そういった気持ちが。
「そ、それでですね……!」
「ん?」
なんかカレンさんの口調が急にそわそわしだした。
「いつも感謝だけではアレですので、今回はもっと具体的なお礼をしたいんですが……!」
「具体的?」
イヤ、いいですけどそんな気を使わなくて……?
「……ハイネさん、ちゃんとクローゼットの前にいますね?」
「は、はい……!?」
さっきから気になっていたけど、カレンさんの声、このクローゼットの中から聞こえてくるよな?
クローゼットつまり衣装棚。ゲストルームと言えど教団の賓客を泊めるためのこの部屋にはなかなか立派なクローゼットがあって、人間一人ぐらい簡単に入れそうな大きさだ。
ではこの中に、やっぱり……?
「ハイネさん、しっかり見ててくださいね? さん…、にー…、いち…!」
なんでカウントダウンするの!?
これはゼロの瞬間クローゼットに目を釘付けにしなきゃと、嫌でもわかるこの流れ。
そしてクローゼットの扉が、内側からバッと開いた。
「ハイネさんッ!!」
「カレンさんッッッ!?」
カレンさんは裸だった。
イヤ、下着を着けていたので正確に全裸ではないが、それでも肌のほとんどを晒した限りない裸。
普段鎧をまとって全身完全防備だから余計に眩しいその薄着姿。とにかく肌が白い。以前聞いた「昔は病弱だった」という話もこれなら信じられる。
下着の色も白。純白は光の女神インフレーションのシンボルカラーだ。
「ハイおしまい!!」
「ええッ!?」
カレンさんはすぐさまクローゼットの扉を閉めて再び閉じこもってしまった。
結局カレンさんの眩しい純白下着が僕の視界にあったのは、刹那の間でしかなかった。
「どうですかハイネさん! 幸せですか!?」
クローゼットの戸板越しに尋ねてくるカレンさん。
何なの?
「イヤあの、幸福はさておき……! これがお礼なんですか!? いいんですか!? 勇者としてあまりに問題ありというか……!?」
「いいんです! だってハイネさん……、シルティスさんの下着姿も見たじゃないですか!!」
…………ああ。
ライブ初日の、ヒュドラサーペント襲来直前に、舞台衣装をチェンジ中のシルティスとたしかにそんなアクシデントがあったような……?
「それってまさか……、シルティスに対抗心を燃やして?」
それでも羞恥心から一瞬だけのお披露目が限界ということか?
わからない。わからなすぎるカレンさん。
「……で、本当にどうですか? 私の方が勝ってました?」
「カレンさんって意外に勝ち負け拘りますよね……」
こうしてまたカレンさんの不可解な一面を覗いてしまった僕。
ハイドレヴィレッジ最後の夜はこうして過ぎていったが、やはり終わる前に言っておかねばなるまい。
幸福でした、と。




