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59 完膚なきまでに

「お前の負けだぞコアセルベート。そして彼女たちの勝ちだ」


 僕はもう一度重ねて言った。

 ヤツの心の奥底までしっかり刻み付けるように。


「お前は、自分の勇者の名声を上げるためにモンスターをけしかけ、八百長を行おうとした。他勇者をイザコザの中で殺し、さらに相対的な名声を得ようという狙いも外れた。彼女らは全員生き残った」


 カレンさん、ミラク、シルティス。

 三人、全員の勝利だ。

 彼女たちはお前の手の平から飛び出した。


「クックッ……」

「?」

「クックックックックックッ……!」


 いきなりコアセルベートが笑い出した。

 肩を揺らし、喉をわななかせ、体全体で笑いの音を鳴り散らしている。


「私の負けですって? 何をおっしゃる? すべては私の思い通りですよ?」

「なに?」

「最初に言ったはずですよ? 私の目的は、ライブ会場をモンスターに襲わせて、勇者に倒させること。それは見事に達成されたじゃないですか?」


 とコアセルベートは高らかに言う。

 勝ち誇るかのように。


「無論、多少のシナリオ変更はありましたよ? しかし終わりよければすべてよしということです。むしろハイネさん、アナタの介入は戦いをよりエキサイティングにし、勝利を感動的なものとしてくれました。これに心惹かれて水の教団はより多くの信徒を獲得できるでしょう? 本当にありがとう!」

「…………」

「わかりますか? アナタは私と一生懸命知恵比べをしていたつもりでしょうが、それすら私の利益にしかならなかった。つまりアナタも、私の手の平の上だったということでしょう? 人間どもだけじゃない、神すらも、私のゲーム版の駒に過ぎない!」

「………………」

「ま、成果が光、火、水に三等分されるのは事実ですが、それでも収支は黒字ですな? ハイネさん、アナタがこれだけ盛り上げてくれたのですから! 重ねてありがとう! アナタはショービジネスの天才かもしれませんね!?」

「……………………」

「これからもどうかよろしくお願いいたしますよ? 同じ神として、ね?」


 僕はコアセルベートの主張に反論しなかった。

 概ねヤツの言う通りだと思っていたからだ。結局この結末は、細部修正されただけでコアセルベートが目指したものと大して変わりない。

 ヤツが被った損害と言えば、ヤツ謹製のヒュドラサーペントを失ったことぐらいだが、元々は八百長でシルティスに倒させるつもりだったものだ。予定通りと言えば予定通り。

 コアセルベートは何のダメージも受けていない。

 この生理的にムカつく神の思いのままだ。何もかもが。

 そう思われるかもしれない。しかし……。


「それでもコアセルベート、お前の負けだ?」

「はあ? いけませんねえハイネさん? 事実を受け入れられないのは見苦しいですぞ? フハハハハハハ!」

「たしかに今回の騒動、お前にまったく損はない。利益すらあるかもしれない。しかしお前は負けたんだ」


 何故なら。


「お前、気持ちの上では負けを認めてるだろう?」

「は?」


 コアセルベートのバカげた笑いが、ピタリとやんだ。


「お前は心の中では認めているんだ。負けたと。何一つ自分の思い通りにはならなかったと。心では何よりそれを痛感しているのに、頭がそれを認めようとはしないから、あれこれ屁理屈を並べて自分自身に言い聞かせている。お前の言っていることはすべて言い訳。自分を騙すためのウソだ」

「気持ち! 気持ちですか!? バカらしい! 追い詰められた者はすぐそうやって精神論を持ち出す! もっと物質的な証明を出してほしいですねえ! 目に見える物証を……!?」

「物証か……」


 なら言ってやる。


「お前……、顔が凄い真っ赤だぞ」

「へ?」


 そう、さっきから人間に化けたコアセルベートの顔は、熟れたトマトのように真っ赤だった。

 感情の昂ぶりが頭に血を上らせ、興奮の色になって表れているのだ。

 それだけじゃない。


「さっきから目蓋の辺りがピクピク痙攣しっぱなしだし、額に青筋が浮かんでいる。汗はダラダラ掻いて、鼻水まで出ているし。あと、さっきから喋るたびに唾飛ばしてる。汚いぞ」

「な、な……」


 今のコイツの体、人間に擬態するモンスターだっけ?

 それでも、よく感情が表に出るもんだ。精巧に作りすぎて、プライドがズタボロだってまるわかりだ。


「偉い神サマのお前は、自分のシナリオが完全崩壊したことにプライドを傷つけられて、怒り心頭なんだ。気持ちの上で完全敗北なんだよ。それを一番知っているのは、お前自身の心だ」

「黙れクソガキャアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーッッ!!」


 コアセルベートが壊れた。

 人の擬態をやめてモンスターの正体を現す。手長足長の、生臭い半魚人が僕の面前に現れた。


「ヒトが紳士的に接してやってれば調子に乗りやがって! 千六百年も眠りこけてやがった田舎ッぺ神が! お前は負けたんだ! 千六百年前に負けたんだよ! そのお前が勝者の私に舐めた口きいてんじゃねえぇーーーーーーーーーーッ!!」

「たしかにそうだ、千六百年前はな。そして今日はお前の負けだ」

「うるせえクソが!! ………………………………わかった、わかりましたよ。負けを認めてあげましょう。永遠の存在たる神がたった一つの敗北に、な、何を、怒る必要が……! でもね、せめて一矢報いたくなるものですよ。ハイネさん」


 ジャキン、と魔物化したコアセルベートの両腕がさらに甲殻類のハサミに変わる。


「せめてアナタを殺すことで溜飲を下げさせてもらいましょう! アナタはその人間の体がいたくお気に入りのようですからね! ソイツをブチ壊されて、私の不快さをせめて数分の一でも味わいなさい!」

「お前バカだろ」


 お前は負けを認めるのが遅すぎた。

 最低でもカレンさんたちが複合属性で戦況を有利にし始めた時点で、負けを認めてヒュドラサーペントを自爆させるか撤退させるかすべきだった。

 しかしお前は悪あがきし、大海竜に命じて大津波なんか起こさせようとした。結果それに恐れおののいた人々は海上から逃げ去り、ここに残っているのは僕とコイツの二人だけ。


「僕たちはな、互いに互いを抑えあっていた。お前は、僕をカレンさんたちの応援に向かわせないために。そして僕は、お前に無差別に人を殺させないために」


 その人々は、今や僕らの周囲にはいない。

 大海竜ヒュドラサーペントもいない。つまりそれはどういうことか?

 コイツをぶちのめすのに躊躇う要素は一つもないということだ。


「ごげらばげおげッ!?」


 暗黒物質をまとった手刀が、コアセルベートの魂を宿した水属性モンスター、水魔メフィストフェレスを脳天から一刀両断した。

 断面から暗黒物質の粒子が浸透し、ヤツを構成する水の神気を消し潰していく


「弱い、弱すぎる」


 こんなに弱いなら最初の時点で瞬殺しておけばよかった。

 一般の皆様に危害を与える暇もなく、大海竜もろとも滅殺できたかもしれない。慎重になりすぎたか。


「さっきお前も言っていたな。創世六神のうち、四元素の上に立つ二極。たしかに千六百年も封印されて、まだ寝ボケが取れていないようだ。僕にとってお前らなど取るに足らない存在だってことをすっかり忘れてたよ」


 こうして水魔メフィストフェレスの体は――、水の神コアセルベートが地上で暗躍したという痕跡は、塵一つ残さず暗黒物質に食い尽くされた。

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