58 マハーカーラ
大海竜ヒュドラサーペントは、閃光に包まれて消滅した。
何が起こったか僕にも詳しくわからない。ただ黒巨人の視覚を通して遠目に確認できたのは、他二人の神力も合わせて込めた聖剣サンジョルジュを、大海竜の中心に突き立てたカレンさんの姿だった。
そしてその一瞬あと、閃光がすべてを包んだ。
爆発のように膨らむ閃光が大海竜の巨体を飲み込み、その身を構成する水の神力を一粒残らず蒸発させた。
あれが光、火、水の三種を合わせた複合属性神力なのか?
疑問は尽きぬが考える暇も与えず次なる災厄が解き放たれる。
ヒュドラサーペントの置き土産。ヤツが引き寄せ溜め込んでいた海水は、もはや臨界目前であり、途中で止められたと言っても、相当な大津波になることは必至だ。
そのまま地上に到達すればハイドラヴィレッジの半分が飲み込まれるだろう。
だからここからは僕の仕事だ。僕とコイツの。
そうだよな、我が分身、闇の巨人よ。
左右に大きく展開された暗黒物質の堤防。本来暗黒物質はこういう使い方をするものじゃないが他にやりようがないんだからしょうがない。
闇の力を信じろ!
ぶつかり合う水と闇。
凄まじいまでの水量で押し寄せる並外れの圧力が、巨人の体を通して僕にまで伝わってくる。
しかし負けるか!
ハイドラヴィレッジの街はおろか、海上ステージにだって飲み込ませない。ここで皆が明日もライブをやるんだから。
闇の巨人よ。お前のすべてを出し尽せ!
モンスターだろうが何でもいい、今お前がこの街の、人々の守護者なんだ!
* * *
波が収まった。
海は溜め込んだ暴力をすべて吐き出して冷静さを取り戻し、水面は静かに波打っている。
「……っぷは!」
「死ぬかと思った……!」
「おーい、生きてるー?」
大人しくなった海面から、カレンさん、ミラク、シルティスの三人が顔を出した。
よかった、無事だったか。
僕はその模様を、やはり黒巨人の目を通して確認した。
「波に飲まれた時は本当に死ぬかと思いましたが……」
「『水の抱擁』が間に合ってよかったよ。水の神力で、水中でも呼吸できるようになる術ね。水圧からもある程度守ってくれるんだよ」
「とにかく、勝てたんだなオレたちは。……街はッ!?」
激流にもみくちゃにされていた彼女らにとって、街の安否を確認するなどできようがなかった。
でも……。
「街なら大丈夫です」
カレンさんの視線がこちらを向いている。
正確には、今僕が視覚を借りている黒巨人を見上げている。
実のところコイツはもう既に、力を使い果たして消えようとしていた。
元々一夜漬けで作った即席モンスターである上に、想像以上に無理をさせてしまった。
大津波を防ぐために闇の神力を使いすぎ、自分自身を構成する神力まで使い果たして、体を維持できなくなってしまった。
体の所々が希薄化して虫食いとなり、後は消えるのを待つだけ。
その痛々しい姿を、カレンさんが見上げている。
「こんなにボロボロになってまで守ってくれたんですもの。街は無事です。……これだけ頑張ってくれたのに、ダメだったなんてありえない」
そして限界が来た。
大いなる闇の巨人は、その役目を終えて無に還っていく。その目は、最後まで戦い抜いた英雄たちに向けられていた。
「……ありがとう」
薄れゆく感覚の中で、カレンさんの声をしっかりと聞いた。
* * *
「…………」
黒巨人が消滅したことでアイツと共有していた感覚もなくなり、僕は僕自身の体に意識を集中した。
もはや、あちらの様子を克明に知る手段はないが、もう大丈夫だろう。
脅威は去ったし、あとは彼女らが泳いで帰ってくるのを待つだけだ。
そして僕には、最後の後始末が残っている。
「……勝ったな」
僕は、隣で立ち尽くす男に言い放つ。
僕とソイツ以外は、津波騒ぎで皆逃げ去ってしまって誰も残っていなかった。
でも勇者たちが勝ち、危機がしりぞけられたと知れば皆、喜び勇んで戻ってくるだろう。
だからその前にケリをつける。
「勝ったな、彼女たちが。そしてお前の負けだ」
水の神コアセルベート。
落とし前をつける時だ。




