56 天災よりも理不尽なりし
「なあ、コアセルベート」
熱狂渦巻く客席エリアの片隅で、僕は隣で立ち尽くす男に話しかける。
「お前の狙った通りの展開だぞ。勇者たちの活躍に、観客は総立ちだ」
無論皮肉を込めて言ってやったのだ。
アイツの望んだシナリオは、自分の勇者であるシルティスの一人勝ち。しかし戦場では三人の勇者が協力し、能力まで混然一体となって戦っている。
しかもそれで優勢になっている。
観客は大興奮で、その点コアセルベートの狙い通りだが、だからこそヤツの狙いから外れる部分が余計に目立つのだ。
それにコアセルベートがどんな反応をするか興味があったが、ヤツは何も言わない。
ガン無視である。
どうしたのかと覗き込んでみたら、ビックリした。ヤツの顔一面に濃厚な怒気が浮かんでいた。
「許せん……! 許せんぞ……!」
普段のヒトを小バカにしたような綽々とした態度はどこへやら。ちょっと思い通りに行かなくなっただけで、ここまで感情を持て余すやつだったのか。
「もう遊びは終わりだァ!! 我が傑作ヒュドラサーペントよ! シナリオを大幅変更する! 私がお前に与えた力を余すことなく開放しろぉ!!」
コアセルベートの命令から一瞬の間も置かず、大海竜が反応した。
遠目からでも明らかに目の色が変わる。しかも、凶暴で危険な色に。
「ミ゛ャァァァオォォォォォーーーーーーーーッ!!」
取っ組み合いになっていた黒巨人を突き飛ばすと共に、八つの頭を振り上げて、さらに海面へ向けて振り下ろす。
「何をする気だッ!?」
八つの首たちは、海中に首を埋めたまま微動だにしない。
だがそれは決して死んでしまったとか、疲れたから休んでいるとか、そんな楽観的な状況では絶対にないことがわかる。
異変は、観客の方が先に気づいた。
ザワザワと人々が騒ぎ出す。
「オイ、なんだアレ……?」「海が……?」
異変は海岸線に起こった。波打ち際。砂浜の寄せては返す波。その波が返すだけで寄せることなく、後退し続けている。
引き潮か? だがそれにしては後退の速度が速すぎて不自然だ。
まるでどこかに、海の水が引き寄せられていくような……。
「まさか……、ヒュドラサーペント!?」
アイツが水の神力で、周囲の海水を引き寄せているのか?
そのせいで海の水位がドンドン低くなっていく。
「おい……、これ……、マズくないか……!?」
と言い出したのは、僕の周囲にいる見知らぬ誰かだった。ハイドラヴィレッジの地元民で、僕のような森の田舎育ちよりは遥かに海について知っているだろう。
「マズいって、何がです!?」
慌てて食い入るように聞いてしまった。
名もなきこの人は答える。
「だって……、引き潮でもないのに急激に海岸線が後退するってそれは……、津波の前兆」
津波!?
「しかも、こんなに大きく波が引くなんて見たこともねえ! これじゃあ来るのはハイドラヴィレッジを丸ごと飲み込むほどの大津波になるぞ!!」
その一言が今度こそパニックを引き起こした。
もはや勇者の希望も、人心を治めるには及ばない。我先にと席を蹴って、これから襲いくる大災害から逃れようと、海とは反対方向へと殺到する。
「ははははは! 逃げろ逃げろ! どうせ人間どもの鈍足では大津波からは逃れられんがな!」
一人逃げずにその場に残るのは、水の神コアセルベート。
人間に化けていても中身は神だし、そもそもその体は水属性の擬態モンスター。津波の直撃を受けても平気でいられる算段なのだろう。
僕はその外道神の襟首を掴みあげる。
「これはあのヒュドラサーペントの仕業か!? ヤツが水の神力で海水を操って、大津波を起こそうとしていると!?」
「それ以外の何があります? 彼らは調子に乗りすぎた。神たる私を蔑ろにして、神の思惑を乱しすぎた。不愉快です。持ち主を不快にしたオモチャでは二度と遊びたくありません」
「だから街ごと消し去るっていうのか!? ここはお前の教団の街だぞ! お前は、自分を信仰する人たちを……!」
「心配ありますかね? 今人間はエーテリアル文明のお蔭で増えすぎている。多少間引いたところで祈る人間は他にもたくさん残りますよ」
この野郎、火の神ノヴァと同じような物言いを……!
神ってのはどいつもこいつもクソ野郎か!?
大海竜ヒュドラサーペントは、依然として首を海中に沈めて微動だにしない。まるで力を溜めているかのようだ。
実際そうなのだろう。大津波を起こすために周囲の海水を引き寄せ続け、それが最高に達した時一気に解放するのだ。
そのときハイドレヴィレッジを未曽有の大水害が襲う。
「フハハハハハ!! 水の神の怒りは海の怒り! 我が下僕、海の脅威を象徴せしヒュドラサーペントよ!! 私の怒りを体現しなさい!!」
 




