54 熱演の大海原
「まさかハイネさん、我がヒュドラサーペントを倒すのはあの勇者たちだと、そうお考えなのですか?」
「確定した未来さ」
実のところ僕は、踏み切る前に迷った。
あの黒巨人の創造に踏み切る前に。
今のこの時代、モンスターこそ神々の傲慢と身勝手の象徴。そして何より欺瞞の象徴。
文明の発達によって忘れ去られようとしている神々が、自分たちの存在を主張するために作り出したマッチポンプのマッチ。それがモンスターだ。
コアセルベートの姦計からカレンさんたちを守るためとはいえ、僕もまたモンスターの創造に手を出してしまったら、それは僕が何より嫌う創世の五大神――、アイツらを真似ることになり、アイツらの同類になることにはなるまいか?
何より自分たちの力と良心を信じて戦う彼女らの頑張りを無意味にすることにはならないか?
カレンさんら、勇者たちの。
それこそ、人の懸命さを陰で嘲るコアセルベートのように。
もうヤツと同じ神であることにすら嫌気がさしてきながら、それでも僕に希望を与えてくれるのが、あの少女たちだった。
カタク=ミラク。レ=シルティス。そしてコーリーン=カレン。
彼女たちは勇者だ。
勇者とは、神が信仰を集めるために作ったマッチポンプのポンプ。
しかし彼女らはそんなことと関わりなく、みずからの目標のために勇者であり続ける。
神の意思など関係ない、教団の意思とも関係ない。
人々のために、自分のために、勇者であろうという意思があれば、彼女たちは間違いなく勇者なのだ。
その事実に僕は心動かされた。「助けてあげたい」と心から願うんだ。
僕は今、ただその気持ちに縋る。
その気持ちに縋って、自分が正しいと信じる。
「だから、頑張れ三人とも……!!」
残念ながら、急ごしらえの黒巨人では、ヒュドラサーペントを倒すには足りない。
アイツは助けにしかならない。
だからキミたちが倒すんだ。
「キミたちがモンスターを倒すんだ。主役も、中心も、この世界を紡ぎあげていくのも、勇者であるキミたちだ!」
「おのれッ……」
隣に立っているコアセルベートが騒めく。ヤツにとって面白くない方向へ傾きかけた、この状況。それに対して新たな手を打つつもりだろうが……。
「動くな」
僕の威圧にヤツは止まる。
「ヘタな動きをしてみろ。暗黒物質をまとった僕の腕がお前の体を貫くぞ」
「は、ハイネさん……?」
「僕の動きを封じたつもりだろうが、それはお互い様だ。僕たちは既に膠着状態に入っているんだよ」
だから情勢の帰趨を決めるのは、ここにおける静の対決ではなく、別の場所で繰り広げられる動の対決。
今海上で戦い合っている彼女たちが大海竜を倒せるかどうかで勝敗は決まる。
キミたちだけじゃちょっと辛いかもしれないけれど、そのために黒巨人を用意した。
ソイツを利用して、勝つんだ。キミたちが。
他でもない人間のキミたちが。
* * *
そして肝心の戦場。
黒巨人の耳目を通じて僕に状況が伝わってくる。
大海竜ヒュドラサーペントは黒巨人によって抑えられている。そのうちに、勇者たちの集中攻撃が展開される。
「『水の怒り』!」
シルティスの水絹から放たれる超高圧の水弾。それは大海竜の表面にたやすく命中するが、ウロコを少し飛ばすだけで、それほどの効果は得られない。
「ああもうッ! 的がデカくて目ェ瞑っても当たるのはいいけど。デカすぎて当たっても意味ないよ! やっぱりまとまったダメージ与えるには、光属性のカレンちゃんでないと……!」
「シルティス! 援護しろ、一つ試したいことがある!」
「はあぁッ! 火の勇者のアンタごときが何試すっていうのよ!? 今回アンタは相性に恵まれませんでした戦力外! ってことを噛みしめて……!」
「お願いしますシルティスさん!」
カレンさんも加わる。
「試すのは、私とミラクちゃんの二人です!」
「行くぞカレン! ラドナ山地での戦いから何度も訓練を繰り返した! 初めてやるより速やかに! 威力も上がっているはずだ!」
「うん、やろう! 私たち勇者の新しい力!」
カレンさんとミラクは互いに体をピッタリと合せあい、さらに手を繋ぐ。その重なり合った手を大海竜の頭の一つに向ける。
まるで弓矢の狙いを定めるように。
その合わさった手の中で、神力が混じり合う。
「光の神力と……!」
「火の神力! 二つ合わさり新生せよ!」
「「『火光神雷』!!」」
二人から放たれる稲光。
それは歪に踊り狂いながら空中を駆け、大海竜に命中した。
「ミ゛ャオオオオオオオオオオオオオオォォォーーーーーーーーーッッ!!」
苦痛に上がる大海竜の雄叫び。
光と火を合わせた複合属性『雷』は、大海竜の皮膚に殊の外ダメージを与える。
元々海水に濡れた皮膚。よく通電しそうだよなあ。
「効いてるッ! やっぱり効いてるよミラクちゃん!」
「ああ、炎牛ファラリスの時と同じように、外皮を透過して内部に直接ダメージを与えている! それが『雷』属性の強みか。カレン! 休まず行くぞ!」
「うん! ミラクちゃん!」
「「『火光神雷』!!」」
大海竜の八つある頭に順番で雷光を当てていく。
そしてそのたびに効果絶大を示す苦痛の雄叫びが上がっていく。
* * *
「バカな……!? 複合属性だと……!?」
僕と並んで戦いを見守るコアセルベートが、カレンさんとミラクのコンビネーションに素直に度肝を抜かれていた。
「あんな能力私は知らないぞ!? 私の大海竜にあそこまで効果的なダメージを……!?」
「お前、ラドナ山地での炎牛ファラリスの戦い監視してたんだろ? 僕のことは知ってるのに、なんで二人の複合属性は知らないんだよ?」
「マントルからはアナタのことしか聞きませんでしたよ! おのれあのクソアマぁぁぁぁぁぁッッ!!」
「地母神をクソアマ呼ばわりするなよ」
なんだ。監視と言っても他人任せにしてたのか。
だがそのおかげでヤツは『雷』属性の存在を知らず、有効な対抗策を立てられなかった。
いいぞ、道が開けてきた。




