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51 泥水

「皆ー、お待たせー!! 次はこの曲、『焼け石に水』!!」


 さすがアイドル。着替えを覗かれた直後でも鋼のメンタルで動揺を押し隠している。

 こうしてライブは、舞台裏でのちょっとしたアクシデントはありながらも順調に進み、観客たちは大満足。

 カレンさんとミラクも曲の合間合間に出場し、ゲストトークを無難にこなす。


 そして図らずもアイドルにして水の勇者シルティスを視線で辱めた僕は、舞台裏でミラクによるコブラツイストの刑に処されていた。

 コブラツイストとは、業炎闘士団に伝わる関節技の一種らしい。モンスターと戦うのが目的の集団のはずなのに人間相手の極め技覚えてどうするんだと思うが、とにかく背中や脇腹がギシギシ痛い。あと、おっぱい当たる。

 解放されるのはミラク自身がトークでステージに上がる時だけ。

 ライブも終盤になり、閉会の挨拶にカレンさんとミラクも呼び出され、久々に僕も解放された。

 ギシギシする体を労わりながら、舞台袖から三人のトークを見守る。


「さて! ゲストのカレンちゃんにミラクちゃん! 今日の感想をお願いします!」

「えっ! ええと、素晴らしかったです! また呼んでください!」

「ありがとう! じゃあ次回公演は二人も歌とダンスに挑戦だね!!」

「するかっ!!」


 ドッと盛り上がる観客席。

 ライブは概ね成功と言えるだろう、とりあえずここまでは。


「後は最後の仕上げを残すのみ、というところですかね?」


 いつの間にか僕の背後に人影があった。

 人当たりがよすぎて逆に怪しい優男。水の神コアセルベートが人間に化けた姿だ。


「戻って来たのか」

「ええ、頃合いと思いまして。アレはもうステージの近くまで来てますでしょうか?」


 大海竜ヒュドラサーペント。


「ここまで来たら、後はアナタに張り付いた方が得策だと思いましてね? 私のお願い、覚えてくれていますよね?」

「わかっているさ。僕は手出ししない」


 多くの人命を盾に取られては、僕は従うしかない。


「……一つ聞いていいか」

「おや、私にお答えできる話でしょうかな?」

「今さっき、水の勇者シルティスと話をした。やってることはアレだが、一本筋の通ったいい子だと思ったよ。勇者という役割を精一杯、しかも楽しんでやり遂げようとしている」

「おやおや、アナタもシルたんファンになってしまわれましたか?」

「シルティスだけに限らない。カレンさんも、ミラクも、それぞれ思い描く勇者の像を持って、それに向かってひた走っている。……それだけ彼女らを一生懸命にさせる勇者という称号は、ある意味素晴らしいものなのかもしれない」


 実を言うと僕は一時期、勇者なんて下らないものじゃないかと思っていた。

 火の神ノヴァから、この世界の真実を聞いた時からだ。

 ヤツらは薄れかけた信仰を取り戻すために、みずからモンスターを作って人々を襲わせ、そして勇者に救わせる。

 そうすることで人々は勇者を――、勇者を擁する教団の――、教団が崇める神への畏敬を取り戻す。

 そんな理屈に踊らされる舞台装置の一つ、それが勇者ではないか?

 勇者など、神の手の平で踊らされる哀れな人間の一人ではないのか? そう思えてならなかった。


 でも、彼女らのひたむきな姿が僕の考えを変えさせた。


「神の手の上だろうと何だろうと関係ない。彼女たちは、自分に与えられた環境の中で精一杯生きている。その姿が美しいのだと思う」


 僕が言いたいのはそこまでだった。

 言い終わると、隣からクツクツと嘲笑が返ってきた。


「クックック……。まったくアナタは、どこまでも人間を神聖視なさるのですね。ま、私も人間は大好きですよ? 何しろ面白いですから」

「面白い?」

「ええ、そうです。たしかにアナタの言う通り、人間は懸命です? 幸せ? 満足? そんなものを求めて必死になってもがく人間の姿は、本当に……、何と言いましょう? 楽しい? 面白い? 滑稽? 哀れ? 無様?」

「貴様……」

「勇者についてもそうですよ。アレは元々人間から祈りのエネルギーを集めるための触媒程度のものでしたが、多分に私の娯楽も混じりましてね? シルティスだけではない。彼女以前にも多くの歴代水の勇者がいましたが、私が裏で糸を引いているとも知らず真剣に、懸命に戦って、そして勝った」


 時には、今回のようにコイツが仕組んだ完全な八百長試合もあっただろう。

 最初から予定されていた勝利を、彼女らは知らずにもぎ取る。


「その笑顔の滑稽なこと! すべては私が仕組んだことだというのに! 私が勝たせてやったというのに! それを知らずに自分の力で成功を勝ち取ったと勘違いして勝ち誇る彼女たちの姿は、実に笑える! 何度やっても飽きません、最高の娯楽です!!」


 それこそコイツが、地上に留まり続ける目的。

 コイツにとって人間は奴隷どころじゃない。それ以下だ。オモチャなのだ。

 人間を不幸にするだけでなく幸せにまで泥を塗り、汚して、悦に入っている。

 エーテリアルによる文明開化を逆手にとって他の神をも巻き込んで、モンスターという未曽有の脅威を生み出し、それと戦う人間をバカにして楽しんできたのか。


 僕が聞きたいのはそこまでだった。

 再確認できた。やっぱりコイツは人間を弄ぶクソ野郎だ。


「……さて、では今日も娯楽を始めることにしましょう」


 ざわざわと、会場が不穏に騒ぎ出した。

 遠く離れた海面で、何かが盛り上がっているのを誰かが発見したのだ。動揺は瞬く間に観客席すべてへ広がっていく。


「今日のイベントは、さらに豪華ですよ。何せ二人の仲間の犠牲がトッピングですからねえ。シルティスは悲しくて泣いてくれるでしょうか? 勝利の美酒に素直に酔うことができないでしょうか? それも滑稽でベターですよね」


 会場の動揺は、混乱に変わりつつあった。

 海面から盛り上がるものの正体が、わかってきたからだ。


 ステージ上にいるカレンさん、ミラク、シルティスも異変に気づき――、それだけでなく異変の正体にも気づく。


「皆さん! 皆さん落ち着いて! 席から離れないで……!!」

「ミラクちゃん、あれって……!?」

「ああ、まさかこんなタイミングで、モンスターだ!」


 モンスター襲来。

 その事実が確定し会場はパニックに陥る。しかしそれは一瞬のことだった。


「皆、アンコールだよ!!」


 会場すべてによく通るシルティスの声が、人々の恐怖と混乱を一言で鎮めた。


「アンコール曲は前代未聞、水の勇者シルたんのモンスター撃滅生公演! 皆、特等席からしっかり見ててね!」


 軽快に、なおかつ力強いシルティスの言葉に、会場は恐怖とは正反対の熱狂に包まれる。

 人々は知っているのだ、やはりシルティスは勇者であることを。

 どんな危機でも彼女がいれば揺るがない。ここは水の勇者が守る街ハイドレヴィレッジなのだから。

 しかも今日は、同じ使命を持つ戦士が二人。


「シルティスさん! 私たちも!」

「いくら担当地区外と言えど、モンスターを目の前にして何もせぬでは勇者の名折れ! 手出しさせてもらうぞ!」

「いいわよ。ただしここはアタシのシマ。アタシがセンターで、アンタたちはバックダンサーってことは弁えてよね!」

「一番槍が不甲斐なければ、その限りではないがな。歌や踊りにうつつを抜かし、腕前が鈍っていないか、この目で見させてもらおう!」


 海中からうねり出し、ついに姿を現す大海竜。

 八つもの頭があるその巨体は圧巻だ。


「うひょお……ッ!? 数が多い……!?」

「いいえ違いますよく見て! あの海竜たち、尾の部分で一つに繋がっている。全部で一匹の多頭型モンスターです!」


 光、火、水、三人の勇者がステージを蹴って、敵へと向かっていく。

 ここまで完全にコアセルベートのシナリオ通りだ。


「ではハイネさん? アナタはここで見守っていてくださいね? 約束通りに……!」

「ああ、動かないさ。僕はな」


 その時だった。

 海上に、もう一つの大きな黒い影が浮かんだのは。

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