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50 舞台裏の水巫女

 そして当日、ライブ会場。

 予告通りに、海の上に浮かべられた特設ステージで、観客は砂浜や遊覧船に架設された席から公演を楽しめるという豪華さだ。

 これらもすべてエーテリアル文明の賜物ということか。

 光、火の両勇者という電撃ゲストを迎え、会場は超満員。海上ステージという利点を活かして追加した遊覧船席も即日完売という盛況ぶりだ。


「どどどどどど、どうしようミラクちゃん! 私緊張してきたたたた……!」

「おおおおおお、落ちつけカレン! 勇者たるもの威厳をだなななな……!」


 この手に関しては素人の二人、何千という目が自分たちを見るという事実に緊張しまくっている。

 一方、本日の主役であるアイドル・シルたんこと水の勇者シルティスは、既にステージに上がって歌や踊りを披露中。

 こちらはもう慣れたものといった感じで、動きはキレッキレ。

 早速一曲歌いあげると、ファンたちの喝采を受けながら、僕らのいる地下控室へと戻ってくる。


「出だし絶好調! やっぱり一曲目は『すべてを水に流して』で決まりよね!」


 曲名らしい。


「どうもお疲れ様です」

「おーう、ジャーマネ。……ってアレ? ジャーマネじゃない?」


 お疲れ様ですと言ったのは僕だ。

 シルティスは、誰かの姿を探すように首を左右に振る。


「補佐役ちゃん、ウチのジャーマネ知らない? 昨日会ったと思うんだけど、顔だけは無駄にイケてて、それが逆に胡散臭い感じの……」

「マネージャーさんなら、用事があるとかで遅れてくるそうです」


 彼女のマネージャー。つまりそれは人間に化けて社会に溶け込んだ水の神コアセルベートのことだ。

 今ヤツは、僕の奇襲を警戒して大海竜ヒュドラサーペントの上に陣取っているはず。


「そっかー、アイツたまにそういうことするのよねー。まあ、お仕事なんだから仕方ないんだけど」

「彼とは付き合い長いんですか?」


 シルティスは次の曲に向けてコスチューム替え中。着ている服をポンポン脱ぎだしているのだと思う。

 何故推測なのかというと、僕はその模様を見ていない。見えないように、カレンさんが僕の眼球がめり込むぐらいの勢いで目蓋を抑えているからだ。


「そうでもないわよ。アタシのアイドル活動が軌道に乗った頃、教団から紹介されたの。まあお目付け役ってことなんでしょうけど意外に頼れる人なのよ。上にもよく顔が効いて色んな仕事とってくるし。今回の海上ステージだってヤツのアイデアなのよ」


 だろうな。

 コアセルベートは、ここを大海竜との戦場にするつもりで選んだのだ。


「シルティスさんは……」

「ん?」

「どうしてアイドルをやろうと思っているんですか? いつから勇者をやりながらアイドルも両立しようと?」

「んー、まあその辺はインタビューなんかで散々語り尽したけどさ。これでも原点は勇者志望よ。水の教団に入って、神力鍛えて。やるからにはてっぺん目指すんだー、って頑張ってたわよ」


 でも、ある時シルティスは思ったという。

 何故そのために苦しい思いをしなきゃいけないのだろう、と。

 教団での修業は厳しい。その頂点たる勇者を目指すのならなおさらだ。彼女を指導する上官たちは、修行が苦しいのは当たり前だと言い、むしろより苦しい方が好ましいとまで言い切った。

 当時のシルティスはそれに納得できなかった。

 勇者は、彼女が長く憧れる夢だった。夢を見ることは楽しくときめくことではないのか?

 本当に真剣に夢を追いかけられるなら、厳しい修業も危険な実戦も、楽しく感じるのではないのか?

 なのに勇者になるための鍛錬は辛く、厳しい。

 それは彼女自身の根性が足りないのか?

 それとも彼女が本当に目指す勇者は、教団が示すものとは違うのか? だから苦しいのか?

 違和感が迷いとなり、迷いがやる気をどんどん奪い去っていった。


「でもね、ある時思ったの」

「何を?」

「『周りの目なんか気にする必要はない、アタシは、アタシの思うような勇者になればいい』って。そう決めてからアタシの勇者修業は一変した。派手なことがしたくてダンスを練習した。モンスターを倒した後、助けた人や仲間に見せるための決め顔の練習もしたの。教官は当然怒ったけどやめなかった。全部が楽しかったから」


 そうしたら不思議と通常の勇者修業にも力が入り、みるみるレベルアップして、彼女の実力は水の教団でもトップクラスになった。


「そして先代の勇者が引退して、次を決める選抜審査が行われたんだけど、もう一掃よ。他の勇者候補なんて目じゃなかったわね。普通なら数日、下手すりゃ何カ月もかかる勇者選抜が一瞬で終わりよ」


 そうして、勇者シルティスが誕生した。


「それからも戦いは続いたわ。アタシは教団が押し付けるような堅苦しい勇者にはなりたくなかった。みんなを笑顔にする勇者になりたかったの。だから前例にないことをたくさんやって、周りを困らせもした。そして行き着いた先がアイドルだった。…………補佐役ちゃん」

「はい」

「アンタたちの言いたいことはわかるよ。アタシは、自分でも自分が変てこな勇者だってわかってる。でもね、アタシにとってはこれが一番ジャストな勇者なの。やってて楽しい勇者なの。勇者だから人を助けるのは当たり前だけど、そのために自分が我慢するのは嫌。やるんなら相手も自分もハッピーにならなきゃウソ」

「……はい」

「だからアタシは勇者もアイドルも辞めるつもりはない。アタシはアタシの道を行く、譲るつもりはないわよ」

「わかり……」


「…………………………………………………………わかります!」


「「えっ?」」


 シルティスも僕も、いきなり降って湧いた第三者の声に驚く。

 それはカレンさんだった。

 シルティスの着替えを僕に覗かせないためにずっと僕の目を塞いでいたカレンさんだから。そりゃ彼女の耳にも会話は入るわな。


「私にもわかります! 私、勇者になって困っている人たちを守りたいって思うのに、光の教団は自分たちの権威ばかり考えて……。あの人たちと話していると、自分が正しいのか自信がなくなる……! でもいいんですよね! 自分のやりたいことをやっていいんですよね!!」

「ああっ!? はあ……!?」


 カレンさんに両手を握られて困惑気味のシルティス。


「私、わかりました。向かう方向が違っても、皆が一番だと思う勇者をやり抜けば、世界はよくなっていきます! シルティスさん! 一緒に頑張りましょう!!」

「あ、ありがとう……、でも、えっと……!?」


 そう、覚えておいでだろうか。

 カレンさんは、僕の両眼を塞いでいた。次の曲のために衣装替え中のシルティスを見せないために。

 そのカレンさんが、シルティスと両手で握手。

 するって―と僕の両眼を塞ぐものは何もなく。

 開けた視界には、まさに着替え真っ最中の、あられもない下着姿のシルティスが。

 歌に踊りに激しく動くためだろう、意外にシンプルなデザインのその下着の色は……。


「スカイブルー……!」

「っきゃーーーーーーーッ!?」


 ファンに知れたら殺されるので絶対黙っとかなきゃ、と思う事件だった。

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