48 大海竜
「なん……だと……!?」
あまりのことに言葉を失う。
「ライブ会場を襲うだと!?」
「そういうこともあるかな? と?」
「ふざけるな! ライブってのにはたくさんの人が集まるんだろう!? 何百何千人と! そんなところに巨大モンスターを乱入させたら、どれだけの犠牲者が……!」
「その点は心配御無用。何のために勇者がいるというのです?」
「つまり……!?」
「そう、私が本当に意図しているのは、シルティスさんにこのモンスターを倒してもらうことでしょうか?」
倒す、だと?
このモンスターは、倒されるために自分から会場を襲うというのか?
「彼女の歌に踊りに、気分をよくする観客たち。そのクライマックスに勇者本来の使命であるモンスター討伐を間近で目撃させ、興奮は最高潮! これでさらなる信徒獲得は間違いなし! となるのでは?」
「やらせ、かよ。人気を獲得するのにここまでやるっていうのか?」
「当然このモンスターは偶然ライブ中に襲来してきたことになりますかな? 観客も、教団関係者も、シルティスさん本人も、そう考えるでしょう? 他にありうる事態はないのですし」
あまりにも当たり前のようにほざく水の神。
コイツまさか、今までもこうしてやらせのモンスター討伐を演出してきたのか?
モンスターを勇者に倒させる。それを隅々まで規定したシナリオを作って、教団の権威を高めるという目的に利用してきたのか?
「私に言わせれば、他の方も何故そうしないのか? と思いますよ?」
いけしゃあしゃあと、という表現がこれ以上よく合う場面はない。
「我々がモンスターを生み出した目的が、まさにそういうことではないですか? ならばモンスターを作りっぱなしで後は『勝手にやれ』ではなく。より効果を発揮するよう策を二重三重に練ること、当然だとは思いませんか? 私は最大限の努力をしているだけなのですよ。誰もが幸せになれるように、ね?」
「何がッ……!?」
今にもブチ切れそうになる僕の前で、水魔はなおも語る。
「シルティスさんも喜ぶんではないですか? 彼女は明日、ヒュドラサーペントを倒すことで、よりファンからの支持を得るでしょう。さらなる人気者になることは、嬉しいのではないですか? だから、ああしてバカのようにヒラヒラ踊っている」
「貴様ッ……!」
「ですが、そこに問題が生まれたのではないか? と思ったのです」
そう言ってコアセルベートは肩をすくめる。
いちいち人をイラつかせるジェスチャーが得意なヤツだ。
「お心当たりがありませんかハイネさん? アナタと、アナタが連れてきた二人の勇者……」
「なに?」
「せっかく私がシルティスさんのために用意した舞台に、邪魔者が紛れ込んでしまうかもしれない? ということですよ」
そうか。何の因果かカレンさんとミラクの二人、明日のライブにゲスト出演する運びになってしまった。
そこにコアセルベートが描いたシナリオ通り、ヒュドラサーペントが急襲して来たらどうなるか?
当然シルティスだけじゃない。あの二人も戦いに参加するだろう。
勇者の義務であること以前に、カレンさんの正義感なら他教団のテリトリーだろうと関係なく守るだろう。今やカレンさん大好きっ子のミラクも迷わずそれに続くはずだ。
無論僕だってそれに加わる。闇の力をもってすれば彼女らの助けになれるだろうし。
「そうなれば…………!」
首尾よくヒュドラサーペントを倒せたとして、その賞賛を受けるのはシルティス一人だけではなくなってしまう。
カレンさんもミラクも、英雄として讃えられるだろう。
コアセルベートにとっては、シルティス一人を祭り上げるために仕組んだ企て。そこに他人が紛れ込んで、成果を分割するようなことになっては面白くない、ということか?
「なるほどな、これほど巨大なモンスター。作り上げるのには結構な時間と労力が要っただろう。その苦労が報われなくなるかも、と慌てているわけか」
「ご想像にお任せしますよ?」
「だったらどうする? コイツが会場を襲う前に――、つまりライブが始まる前にカレンさんたちを帰らせるか?」
「意地悪な質問をされるのですねえ? そうなればライブそのものが潰れてしまうのは、ご承知でしょうに?」
今や観客たちの三勇者共演への期待は極限まで高まっているからな。
「だったら僕がアドバイスをしてやる。やらせ試合なんかやめて、シルティスにはライブだけに集中させろ。彼女に歌って踊らせて、カレンさんたちと対談でもさせて、それで観客を楽しませる。それで充分人気は取れるじゃないか」
そしてこの大海竜は、このまま海の底に沈めておけ。
「いえいえ、それでは無難に過ぎると思いませんか? 古来より優れた策士ほど、ピンチをチャンスに変えるもの、と思いませんか?」
「知らんよ。無難でいいじゃねえか。無難一番」
「光の勇者と火の勇者、二人を殺せばいいのです」
「ッ!?」
唐突なコアセルベートの発言に、僕は凍り付いた。
どういう意味だ?
「修正したシナリオはこうです。ライブ終盤、突然襲い掛かってくる巨大モンスター。それに立ち向かう勇者三人。苛烈な激闘に二人の勇者は戦死、一人生き残った水の勇者シルティスが、最後の一撃でモンスターを撃破……」
ここまで言って、コアセルベートがいやらしそうにクツクツ笑う。
「なんと素晴らしい結末でしょう! 改稿前より数倍劇的なラストだと思いませんか? 二人もの勇者が倒れることで、我がヒュドラサーペントの恐ろしさは人間どもにより深く刻みつけられ、それを倒したシルティスの勇名もうなぎ上り! これぞピンチをチャンスに変える秘策! ねえハイネさん? アナタもそう思うでしょう?」
「ふざけるなッ!!」
カレンさんやミラクを噛ませ犬にしようってことか!!
僕は、このクソ神の陰湿さ狡賢さを改めて見せつけられた。
自分の得となることや楽しみのために人間を平気で踏みにじる。しかも自分の手を汚さずに。そうして不幸になる人々を物陰から眺め、人知れずほくそ笑む。
それがコイツ、水の神コアセルベートなのだ。
「甘く見るな……! 勇者三人だぞ? モンスターに対抗するために各教団が選りすぐった最強の神力使い。その勇者が三人だ。それを器用に一人だけ避けながら、他の二人を倒すなんてできるのか!?」
「できると思いますよ? 言ったでしょう? これは私の自信作なのです」
……たしかに、コイツはヤバいかもしれない。
水の神コアセルベートが直々に作り上げた特別製モンスター。少なくとも大きさでは炎牛ファラリスに匹敵し、恐らく強さもそれに迫る。
炎牛ファラリスにおいても、カレンさんとミラクの二人だけでは手も足も出ない強さだった。
仮にそれが三人に増えたとして、ファラリス級との差を埋められるだろうか?
「…………しかし、それならお前の勇者であるシルティスだって危ないぞ?」
「問題ないと思いますよ? 邪魔者二人を消し去った後に、わざと負ければいいのですから」
完全に八百長ってわけか。どこまで腐ってやがるコイツ!?
でも、まだだ……!
「……………………僕がいる」
「そう、アナタがいますね? 闇の神の転生者たるハイネさん? 本日の訪問者の中でもアナタだけは別格。アナタの生み出す暗黒物質ならば、我が傑作といえども瞬時に消し去られてしまうでしょう?」
そうだ、炎牛ファラリスだってとどめを刺したのは僕なんだ。
僕がいる限り、カレンさんたちは絶対傷つけさせない。
「そこでやっと今夜アナタを訪問した本題ですが、お聞きくださるでしょうか?」
「何だ?」
イラつきが声に隠しきれない。
「簡単なことです。アナタにお願いがあるのです。明日のライブでの、可愛い勇者たちとこの大海竜との戦い。傍観していただきませんか?」




