46 水の神のろくでもない近況
水の神コアセルベート
コイツは今、神ではなく人に転生している。僕と同じように。
僕が人に転生したのは、純粋に千六百年間ご無沙汰してきた人の世界をあますことなく満喫するためだ。人の世界を見聞きするなら人としてが一番いい。
ちなみに光の女神インフレーションが、人間ヨリシロに転生したのは『アナタ(闇の神ことハイネ)の子供を産みたいから』という理解しがたい、したくない理由から。
どちらも動機というには曖昧な方かもしれない。が、目の前にいるコイツは違う。コアセルベートは意味のないことは絶対にしないヤツだ。
コイツのやることは常に誰かの迷惑に繋がっていて、そうならないことは絶対にしない。
だから聞くのだ、
お前は何故人間に転生したのか、と。
「率直ですな? まるで私が常に何か企んでいないと死んでしまう生き物のようだ?」
「実際そうだろ。それに加えてわざわざ自分から正体明かしてきたところがさらに怪しい。お前にとって、相手が気づいていない秘密なんか最強の切り札みたいなもので、一番効果的な場面でばらすまでは意地でも隠し通そうとする」
「まさかまさか? 私が今宵来たのは古き同胞との旧交を温め直すため……?」
闇の凝視。
「……も、ありますが、一つアナタにお願いしたいことがありましてね? そのためにはやはり正体を明かす他なかった、とね?」
「今度は何を企んでやがる?」
「そうですねぇ、そのためにはまず最初からお話した方がいいでしょうが、ハイネさん、アナタは今のこの世界をどう思われました?」
コアセルベートは、その顔を窓の方へと向けた。世界を見ろと言うジェスチャーか。
「この世界も、創世の頃よりいささか変わったようですね? エーテリアルなどという物質が発見されて文明が発展し、人の街には機械と神秘が混じり合い、モンスターというものまで発生し、争いが散発する」
「モンスターを生み出したのは、お前ら神だろ」
「そうでしたっけ? まあ、そうなんです」
ヤツは、ヤツにしては珍しい断定口調で言った。
「モンスターを生み出すことを発案したのは私です」
「………………だろうな、そんなことだと思っていた」
「おやおや、驚きませんか?」
「いかにもお前らしい因循姑息な手段だと思っていたんだよ。モンスターという敵を作り出し、人を襲わせることで、人が再び神に縋るよう仕向ける。姑息、姑息。まさに姑息な水の神よ」
「しかしそれは人間も悪いとは思いませんか? 彼らを生み出したのは我々だというのに、ちょっと生活が便利になったぐらいで生みの親を忘れようとしている。モンスターは、忘れてほしくないという我々神の心の叫びなのかもしれませんね?」
「屁理屈うっせえ」
コイツの言い分を聞いて「そうかも」とか思ったヤツは将来詐欺の被害にあう。
「とにかく百年前、人の世でエーテリアルが発見された際、私はアナタを除く五神を招集し、対策を練りあったのかもしれませんね?」
「それぐらい断定しろや」
「そして、モンスターという結論が出た? 私、ノヴァ、クェーサー、マントルは、それぞれの属性を受け持つマザーモンスターを創造した。ヤツらは今どこにいるのでしょう? とにかく世界のどこかで生きている限り無限にモンスターを生み出すのではないかと?」
「インフレーションのヤツは?」
「偉大なる光の女神。その御心は私ごときには見通せません?」
賛同を得られなかったのか。
それで世界には光属性のモンスターだけがいない、と。
それにマザーモンスターなる存在が本当にいるなら――コアセルベートの言うことをそのまま信用するのは危険だが――、火属性のマザーモンスターもいて依然モンスターを生み出していることになる。
こないだ火の神ノヴァを実質封印したことで火属性のモンスターだけはもはや発生しなくなったという思惑が覆された。
「勇者計画も私の発案のようですね?」
「だから断定しろ」
「他の五大神の方々も、私のお勧めに従って自身の教団に神託を下し、勇者というシステムを作らせたようですね? お蔭で『世界の危機vs神の使い』という構図は出来上がり、信仰の衰退は食い止められたかに見えます。ですが、それに皆が満足したのでしょうか?」
「ノヴァは不満だったようだな。だからみずからウシモンスターに転生した」
「足りない頭で必要ないことを考えたようですね? しかしちゃんと考えている者は他にいるのかもしれませんね?」
「つまりお前か」
「私は、一連の計画が発令された後、すぐに地上に降りたのです。そして人間任せにするのではなく、みずからの手で勇者計画をプロデュースしたようですね? ただ勇者とモンスターを戦わせるだけでなく、様々な方策を付加し、効果を増大させる? お蔭さまで我が子、水の教団は他教団より多くの信徒を擁しているらしいです?」
自分発案のレースに皆を参加させといて、自分だけが勝つ仕組みを実践したというのか。
いかにもコイツらしい。
「……で、その方策とやらがアイドルか」
先刻の、歌って踊れる勇者シルティスの狂態が脳裏に浮かぶ。
それでコイツ、シルティスのマネージャーなんてしているわけか。正体を隠しながら暗躍する傀儡師。
「私は、各世代の勇者たちの性質に合ったプランをその都度お勧めさせてもらっているだけですね? 現役のシルティスさんに一番合った信徒獲得の方法がアレなのではないでしょうか?」
「かもしれんが。……各世代って、お前勇者が代替わりするたびにこんな奇特なプロデュースしてるのか。一体何回転生してるんだよ?」
「一回しかしておりませんが?」
「え?」
イヤ、でも。
「私、もうこの体でかれこれ百年は生きているようですね? その間、一度も死んだり生まれたりはしていないと思いますよ?」
「人間の体はそんなに長く生きられないだろ。イヤ、それ以前にお前の姿、どう見ても三十歳前……?」
「私が人間に転生したって、言いましたっけ?」
「は?」
「そうそう、私の正体を明かすばかりで今の私を紹介していなかったかもしれませんね? 改めて申し上げます」
そしてソレは言った。
「この体の名は水魔メフィストフェレス。人間への擬態能力を持った水属性モンスターですよ?」
 




