45 水の神のくだらない伝説
「……タチの悪い冗談だな」
「おや? 私がウソをついていると?」
「ウソなら、人でありながら神の名を騙るという点でタチが悪い。本当なら、神が人の社会に混じってよからぬことを企んでいるという点でタチが悪い。どっちにしろタチが悪いヤツだよ、お前は」
残念なことに正体を明かされた瞬間、それが真実だということを理解してしまった。
僕の中にある人にあらざる部分が反応しているのだ。
水の神コアセルベート。
創世の五大神の一人にして、水を司る神。
流水は穢れを洗い、世界を清める。しかしひとたび流れが止まれば水は淀み、濁り。みずからが世界を腐らせる穢れとなる。
目の前にいるコアセルベートとはまさにそういう水を体現したような神だ。淀み濁った止水。
「お前も転生していたのか。驚いたな、今や神の大半が地上に降りてきているというわけか?」
「天上にいても大してやることはありませんからね? ところで積もる話を廊下でするのも何でしょう。そろそろ入室しても?」
できればこんなヤツ部屋に入れたくないが、正体が判明した以上、何を企んでいるかわからぬままに追い返すこともできない。
僕は渋々優男を部屋に招き入れる。深夜の来客としてはぶっちぎりで心躍らない相手だ。
今のコイツのこの姿。
二十代半ばとおぼしき男性。さんざん優男と評してきたが、そう思わせるほどに細面で形が整っている。ただ印象に残るほど美男ではないのがいやらしいところだ。
服装も、この世界の礼服だろう、整っていていかにも礼儀正しく感じるが、それ以上の印象は何もない。
つまり、好むにしろ嫌うにしろ、どっちのベクトルにも印象がないのだ。
ますますこの神らしいと言える。
「それでは、改めて再会の喜びを分かち合うとしましょうか? 闇の神エントロピーよ、復活のご気分はいかがでございますか?」
「その名で呼ぶな、今の僕はクロミヤ=ハイネだ」
「人間としての名前ですね?」
「しかしお前、よく僕の正体に気づいたな。僕は言われるまでお前の正体に気づかなかったぞ」
「それはひとえに、あの単細胞ウシさんのお蔭ですかね?」
ウシ――、炎牛ファラリス。
つまりその牛型モンスターに転生した火の神ノヴァのことか。
「彼の短絡かつ粗暴な計画は私も察知しておりましたから、監視は常につけておきましてね? さすれば先日、性懲りもなく炎牛討伐に現れた人間たちがたったの三人。しかしなんと、その中の一人が暗黒物質を生成しているではありませんか?」
「…………」
「その瞬間すべてを理解しました。アナタを解き放ったのは光の女神インフレーションですね? 彼女はここ数百年動向が定かではないし?」
「だったら何だ? 今度はアイツを他の全員で袋叩きにするのか? 千六百年間のお前の手腕を再現してな」
コイツと話していると、嫌でも思い出す。
千六百年前に行われた神々の戦い。
すべての始まりに僕たち六神は世界を創った。天を作り、海を作り、陸を作る。次に地上に住まう草木、虫や獣や鳥、そして最後に人間を作った。
争いのきっかけは、その人間だった。
人間は、それまで神々が作ってきた森羅万象いずれにも類せぬ可能性を秘めていた。
だから僕――闇の神エントロピーは言った。
『人間は面白い生き物だ。彼らを自由に生きさせ何を成し遂げるか見てみよう』と。
それに真っ向から反対したのが火の神ノヴァだ。
『神より優れたる生物などいるものか! 人間もまた、神に隷属する下等存在にすぎぬのだ!』と。
光の女神インフレーションは、どちらが正しいとも言わず、
『わたくしは闇の神エントロピーに従います』とだけ言った。あの頃からよくわからないヤツだった。
風の神クェーサーは『どっちにしろくだらない』と言い、地母神マントルは『どちらの言い分も重要だと思います』と言った。
要するに当初半数以上の神が態度を鮮明にしておらず、その時点ではどうなるかわからなかった。しかし戦いが始まってみれば五対一のワンサイドゲーム。
それを演出したのが、目の前にいるコイツだった。最後まで自分の意思を表明することのなかった水の神コアセルベート。
「イヤですねえ、これでも私は最善の道を選んだのですよ?」
僕の非難の視線を察したのだろうコアセルベート。相変わらずこういう機微には敏いヤツだ。
「どちらの主張が通るにしろ、神々の争いが激化し、泥沼となれば出来上がったばかりの地上はカオスの坩堝へ投げ込まれ、生命も残らず死に絶えていたんじゃないでしょうか? 被害を最小限に抑えるためには、最速で戦いを終結させるしかないんじゃないでしょうか?」
「それでお前は中立を守る神を丸め込み、自分とノヴァの側に与させたというわけか。悪党の特徴は言い訳が上手いことだ。どんな状況でも屁理屈こねて自分は悪くないと言い張る」
「おやおや手厳しい?」
……で。
「そろそろ質問させてもらおうか、人間に転生して何を企んでいる?」




