43 光、水を辱める
「と、いうわけで二人とも、明日までここハイドラヴィレッジの滞在いいでしょうか?」
事後承諾極まりないが、カレンさんとミラクにも確認を取る。
「オレは構わんぞ。あのアイドル女がやりこめられたところを見れただけで大満足だからな!」
言いたい放題言われたことがよっぽど不満だったのだろう。ミラクの顔にはスッキリ爽やかな笑みが浮かんでいた。
「ハイネさん、こうなることが最初からわかってたんですね? だからいきなり帰ろうって……」
説明なしで踏み切ったのは悪かったが、打ち合わせしてる余裕なかったしな。
シルティスって意外に賢そうだから、下手に素振りを見せると先手を打ってきかねないし。
そんなことを考えていたら、カレンさんがグッと僕に迫ってきた。
「ハイネさん!」
「ん?」
「ハイネさん! ハイネさん! ハイネさん! ハイネさん!」
何です?
そんなに目を輝かせて僕のこと凝視して、何です?
しかしヒトの名前を連呼しておきながらカレンさんは、僕からの応答も待たずに別のところへ。
見事にやりこめられて打ちひしがれたシルティスの前へ。
「うう……、このアタシが、アイドル勇者シルたんが恐喝に屈するなんて……!」
「シルティスさん、要求を受け入れてくれて、ありがとうございます。おかげで一番の目的は果たせました」
「何よ? それがどうしたのよ?」
「今回のもう一つの目的を果たさせてもらいます」
「へ? わぎゃーーーーーーーーーーッッ!?」
カレンさんが両手で、シルティスの胸を鷲掴みにした!?
右手と左手が、それぞれ二つをしっかり掴む隙ない構え。
「にゃーーーッ!? 何!? いきなり何なのこの娘! 軽々しく触んないでよアイドルのおっぱいなのよ! ちょっと、警備員さーーーん!?」
シルティスが騒いだり暴れたりしてもカレンさんのロックは余程強固なのか、振り解けない。
その間もカレンさんはやたら難しそうな顔でフニフニ言わせていた。
「ミラクさん……」
「オレに聞くな。この街に来てからオレに理解できることは何一つないわ」
事態を見守る僕らもただただ混乱するだけだった。
そして数十秒間、フニフニ倒したカレンさんがやっとシルティスから手を離し……、
「私の勝ちです」
「何がよッ!?」
謎の高らかなる勝利宣言。
「ちょっと信じらんない! アタシの胸を、アイドルの胸を! 断りもなく触りやがって!」
「いいじゃないかアイドルってそういう商売だろ?」
「違うわよ!!」
何気なく口を挟んだミラクをシルティスが一蹴。
「アイドルってのは色を売る商売じゃないの! 清純さを売る商売なの!! そのアタシがおっぱい触られたなんて世間に広まったら、アタシの商品価値が下がっちゃうじゃない! 触ってきたハレンチが同性だったからまだよかったものの……! ん? 純粋女子の過剰な同性スキンシップ、無邪気な内面の外側から香り立つエロス。……アリか?」
きっかけさえあれば即座に計算が回る。これがプロか。
「しかし『にゃー』とか『わぎゃー』とか案外かわいい悲鳴を上げるのだなアイドル女。普段のあざとさから見てもう少し擦れているかと思ったのだが」
「うっさいわ火の教団の男女! だったらテメーの音色も聞かせてごらんよ! 女捨ててるくせに、だからこそ無駄に立派なパイオツ触らせりゃー!!」
「ガード」
「何故防ぐ!?」
「イヤ、防ぐだろう」
なるほどああやって女の子たちがじゃれ合う様を見せれば売れるわけか。
勉強になるなあ。
「と、とにかくアンタたち、明日のライブには必ず出演してよね!! できれば明後日明々後日の公演もよろしく! 売上次第ではその次の日もあるかも!」
「それはアナタの誠意次第ですなあ」
「やっぱりそう来るかーッ!!」
頭を抱えて悶えるシルティス。
「でも言っとくけど、入信者の勧誘とかは教団に丸投げしてるから、具体的な案を出すには教団本体と話し合わなきゃいけないわよ? お偉いさんだって信者獲得の旨味があるからアタシのアイドル活動黙認してるわけで、今日明日で何がしか即答できるとはとても……」
「出来なきゃ明日で帰るだけです。やれ」
「何このタフネゴシエーションぶり! ちょっとカレンちゃん、この補佐役アタシに頂戴よ! 難航してる交渉に逐次投入したい!」
「…………」
そしたらカレンさんはまた無言でシルティスの胸をワサワサしだした。
再びシルティスは犠牲になった。
「……しかしカレンさんは、なんでさっきから執拗にシルティスの胸を?」
「…………………………あまり言いたくなかったがな」
ミラクが重々しい口調で言う。
「お前のせいだろうクロミヤ=ハイネ。カレンがおかしくなりだしたのは、お前がシルティスのポスターを広げてからだ」
「え?」
「対抗意識が芽生えたんだ。いきなりヤツに会いに行くとか言い出したのも本当の目的はどこにあったのやら……。さっきの交渉でお前がシルティスをやりこめた時も、お前がシルティスよりも自分の味方をしてくれたことを喜んだんだ。カレンはな」
「僕、カレンさんの敵だったことなんてないんだけどなあ……」
「常に形に示せということだ。女とはそういう生き物だぞ」
ミラクが言うと俄然実感が伴うのは何故だろう?
「じゃあ、シルティスのおっぱいをやたら触ってるのは?」
「みなまで言わせるつもりか。察しろ」
察しろと言われても。
「カレンは、随分と情念の濃い女になった。病弱だった幼い頃は細くて可憐だったのに、何処で変わったのか。……クソッ、もっと早く仲直りしていれば!」
アナタも充分濃いです。
しかし情念が濃いと聞いて、何故か真っ先に思い出したのはあの光の女神のことだった。
やっぱり神とそれを崇める信者は似通うのかもしれない。




