420 世界の果ての中心で
「せっかくですから、ハイネさんのご両親もこちらへ呼んではいかがです?」
「うーん、でも父さん母さんはなあ」
母さんは元々体が弱いし、住み慣れた山奥の村を今さら離れるのはキツイだろう。
一応僕もここ数年、年に三回のペースで里帰りはしているので、これからもその習慣を守っていくことでよしとしておこう。
「では、こんど帰省されるときは是非ともわたくしとカレンさんも一緒に!」
「二人で義理のご両親にご挨拶したいです!!」
お願いやめて。
ウチの両親は長い人生を極めて素朴に生きてきたので、今さら価値観をひっくり返すような衝撃展開は用意しないで。
この息子の乱行をどうやんわりと伝えるかはゆっくり時間をかけて考えるとして。
今はもう一つの、厄介事を片付けるとしよう。
「ドラハ」
「はい」
「例のヤツらはもう到着しているのか?」
「ええ、さすがにこちらでは人目に付きますので、地上の離れた場所に待機させてあります。よろしければ今からでもご案内いたします」
「よし行こう」
どうでもいい連中だが客人を待たせるのは礼儀に悖る。
僕は人としてヨミノクニ遺跡調査員の職務を始める前に、もう一つの存在として、闇の神エントロピーとしての役目を果たさないといけない。
「ドラハが案内するに及びません」
そう言ってヨリシロが立った。
「その役目はわたくしが果たしましょう。どちらにしろわたくしも光の女神インフレーションとして参加しなければいけませんから」
「私も! 私も行きます!!」
カレンさんも今やもう一人の光の女神として、果たすべき神の義務がある。
「なのでドラハ、アナタにはまたわたくしたちの不在中の留守を任せます」
「かしこまりましたヨリシロ様」
一言の口応えもなく承諾するドラハ。
そんな彼女をヨリシロは抱きしめる。
「今度は以前のように長く待たせませんからね。すぐ帰ってきます。そうしたらまた一緒に、素晴らしいヨミノクニ作りを再開させましょう」
* * *
そうして僕たちは一度地上に出て、焼けつくような陽光降り注ぐ『無名の砂漠』を小型飛空機によって飛んだ。
闇都ヨミノクニを人の目から隠すため、地母神マントルが行った砂漠化は既に停止し、今は自然の流れに従って少しずつ緑が戻ろうとしているが、自然の移り変わりはいつだって緩やかだ。
いずれこの地も緑豊かな沃地に変わるだろうが。
それをこのクロミヤ=ハイネの目で見届けることは出来ないだろうな。
「だからこそ、この砂漠はまだ人の目に隠しておきたいものを隠すのに役立つ」
「ただでさえ過酷な環境ですものね。今は『無名の砂漠』内にいるあの子も、わたくしたちの神としての探査能力がなければ見つけ出す前に迷って乾涸びてしまうでしょう」
そしてヨリシロの探査能力によって、迷いもせずに僕たちはソイツを見つけ出すことができた。
闇の魔王サタン。
かの魔王騒乱で生み落とされた遺物である。
「久しぶりー、元気にしていたかー?」
サタンは、他の魔王たちと違って長い世代の積み重ねをもたず、意識や心を持ってはいない。
ただひたすらに巨大なだけのモンスターだ。
かつてはアテスが人類抹殺のために生み出した光の魔王ルシファーが、僕がその統制権を奪い去るために変質させたことで闇の魔王化。
元凶であるアテスがカレンさんの中に消え去ったことで暴れる理由のなくなったサタンを滅ぼしてしまうのも可哀想ということで、今はこのままにしてある。
いや滅ぼすなんてできないほどに、サタンには重要な役割ができてしまった。
「今日も盛大に放出していますわねえ」
サタンが背中から伸びた闇の翼に、さらに伸びた光の翼を巻き合わせて、その狭間からできた純粋な力の粒子を空へ向けて撒き散らしていた。
それこそがエーテリアルだ。
「まさかエーテリアルが、闇と光の神気の相克によって生み出されていたとはな」
闇の魔王サタンは、かつて光の魔王ルシファーでもあった。
ルシファーとしての光の力は変質しても残り、今ではサタンは光と闇の両性質を持った非常に稀有な存在だ。
「……かつてわたくしは、この世界から神々の影響を除き去る計画として、エーテリアルを生み出しました」
光と、疑似的な闇である影との相克によって生み出されたエーテリアル。
それは優秀な動力源として人の文明を大発展させる火付け役となり、産業革命をもたらした。
「エーテリアルの発生の大元となっていたヨミノクニが解放されたことで、何もせず放置していたらやがてエーテリアルは世界から消え去るでしょう」
そんなことになったらエーテリアルなしには何もできなくなった人間の文明は大きく後退するだろう。
その必要な役目を、今ではサタンが担っているのだ。
「ミカエルたちのように意志や心を持たなくても、今やサタンは立派な魔王なんだな」
その恐ろしく巨大な体躯を一撫ですると、サタンはくすぐったそうに身震いした。
それが嬉しさの表現であるというのは、こちらが勝手に持った思い込みなのだろうか。
……で。
「サタンの様子見がてらの招集だけど、アイツらの姿は見えないな。まだ来ていないのか?」
「ドラハさんはもういらっしゃっていると言っていましたけど……?」
そうやって周囲に注意を巡らせると……。
……湧き出てきた。
四種の異なる神気が。
『来るのが遅いわバカ者め!』
砂を巻き上げて地面から出てくるウシ。
それは火都ムスッペルハイムでも会った炎牛ファラリス。その正体はモンスターに転生した火の神ノヴァだった。
「……お前なんで地中から出てくるんだ?」
ついにウシからモグラにジョブチェンジでもしたか?
『こんなクソ暑い中でボケーと待っていられるか! 地中に潜って陽の光を避けておったのよ!!』
「今は人間の俺は、そんな獣めいた真似は出来なくてな」
別の方から声がして振り向くと、そこには風都ルドラステイツであった風の教主シバ。
その正体は風の神クェーサーの転生者だ。
「近くのオアシスで涼を取りながら待っていた。お前たちが来るタイミングは、彼女に教えてもらえばバッチリだしな」
シバは、その腕に植木鉢を抱えていた。
その植木鉢からは一茎の植物が伸びていて、そのてっぺんから花が咲き綻び、その花の中から……。
「ごめんなさいです~」
地母神マントルが地上に現れる時に使う仮の体『フェアリー』が現れた。
「……何に対して謝ったんだ今の?」
本当にこの地母神は相変わらずだった。
「……これで創世六神」
最後に、何もないはずの虚空が霧のように霞み、その内から人影が現れる。
正確には人のシルエットをかたどったモンスター。
「勢揃いというわけですね?」
水の神コアセルベート。
水聖メフィストフェレスというモンスターの肉体に宿った、水を司る神だ。
地水火風光闇。
六つの属性を集めて原初に世界を創り出した六人の神。
人の体に宿り、モンスターの体に宿り、それぞれが自分の生み出した世界を好きなように満喫していた。
そんな僕らも、用事があればこのように一斉に集いもする。
ただ……。
「お前たちの方から呼び出しなんて、珍しいこともあるものだな」
「いえいえ、我らもかつては助け合って世界を創った仲間同士。こうして旧交を温めあうのもいいではないですか。……けッ」
恐らくこの会合の主催であろうコアセルベートが言う。
むやみやたらと賢いコイツだ。
「ただ今日は、実際のところアナタ方に提案したい重要なことがあり、ここまでご足労願いました。どうかお聞きいただき、真剣に検討していただければ幸いです。……けッ」
……。
あの、コアセルベートさん?
何ですさっきからけッけッ、と喉を鳴らして?
「お前なんか……、性格が荒んでない?」
「そんなことはありませんよ。我が心は皆さまのお陰様で、今日も明鏡止水の清らかさです。……けッ」
やっぱり荒み始めている。
水の神は、その属性上世界の汚れを溜めこみやすく、放置すると汚れまくりの泥水野郎となってしまう。
それを炎で燃やしまくり、蒸留して汚れと分断したはずなのに……。
「また汚れ始めてる?」
おいおい、蒸留したのってたった四年前だろ?
以前蒸留して清らかにしてから元の汚濁に戻るのに、他の神の証言では百年かかったと言ってたから速すぎではないか?
「昔と今とでは、汚れの量もまた違いますからねえ」
ヨリシロがやれやれ困ったわ、とばかりの口調で言う。
「これは早めに蒸留し直さないといけないかもだな。また完全な泥水野郎となって人類に迷惑をかけては溜まったもんじゃない」
「今回お前たちを呼んだのは、その件も含めて相談があるからだ」
汚れかけのコアセルベートを下がらせ、風の神クェーサーの転生者シバが言う。
やっぱり地水火風の四元素の中では、コイツが一番話しやすい。
「何だよ改まって? 話したいことがあるなら、こないだルドラステイツに立ち寄った時に話してくれたらよかったじゃないか?」
「そうも行かぬ、これは我ら四元素の総意だ。我ら四人で創世六神の上位たる二極奏上し、許可を欲しい」
二極というのは光と闇。
闇の神エントロピーの転生者たる僕と、光の女神インフレーションの転生者たるヨリシロ、カレンさんだ。
「俺たちは、この世界を去ろうと思う」




